15:20 〜 15:40
[CPS-06] 畜産の発展と牛伝染性リンパ腫ウイルスの過去・現在・未来
牛伝染性リンパ腫(enzootic bovine leukosis: EBL)は、ウシの監視伝染病の中でもっとも届出件数の多い疾病であり、令和3年度には約4,000件もの届出が報告されている。EBLは近年増加傾向にあり、その理由として国内の乳牛・肉牛における牛伝染性リンパ腫ウイルス(bovine leukemia virus: BLV)の感染率が増加していることが懸念されている。BLV感染牛のうちEBLを発症する牛は数パーセントとごく少数であるが、この疾病には治療法がなく予後不良であることから、畜産業界に大きな経済的損失をもたらしている。私達は、BLVの世界的な感染拡大と日本への移入の過程、そして、現状の感染状況、さらにはこれらの知見を踏まえた現実的な対策方法について興味を持ち、研究を行ってきた。本講演では、これらの研究の中で得られた成果を紹介したい。
EBLが世界で初めて報告されたのは、1878年の東プロイセンのメーメル地方である。この疾病は、当初地方病的な発生の様相を呈していたが、1900年代初頭にはヨーロッパ全土から報告されるようになった。EBLはヨーロッパの家畜牛において突如出現した疾病のように認識されているが、その原因ウイルスであるBLVについて、起源となる宿主や、ヨーロッパへの到達経路については、不明な点が多かった。我々は、アジアの様々な在来牛においてBLV遺伝子の探索を行い、得られた配列を用いて動的系統樹解析を行った。その結果、BLVはアジアのゼブ牛が保有していたウイルスを祖先とし、南米において家畜牛に伝播した後、貿易や品種改良に伴う牛の移動に伴って、世界に拡散したことが分かった。日本においても、各地に保存されていた過去の病理組織標本の解析により、牛の輸入が活発化した1970年代に南米由来のBLVが米国経由で日本に侵入したことが分かった。
それでは、日本においてBLVの感染はどのように広がっているのだろうか。それを知るために、農場ごとに感染ウイルスの多様性と、個体識別番号を利用した牛の移動歴を紐づけて解析を行った。その結果、牛の導入や預託などにより牛の出入りの多い農場では、BLVの配列多様性も高く、自家産で牛の出入りのほとんどない農場ではBLV配列の多様性が低かった。つまり、BLVは国内においても牛の移動によって拡散していることが客観的データからも示された。このように日本に広く浸潤しているBLVであるが、地域特定品種の中にはBLVに抵抗性を示す品種が存在することや、EBL抵抗性の種雄牛の血統が存在することなどについても明らかとなった。
感染拡大が止まらないBLVであるが、今後どのような対策を講じることができるだろうか。効果的に、かつ経済的損失をできるだけ抑えた対策を行うには、農場の汚染状況により対策目標を設定していくことが重要と考える。例えば、感染率の低い農家では、導入や預託前後のこまめな検査によるBLV感染牛の把握と隔離が必要である。また、感染率が50%前後の農場では、遺伝的に感染しにくい牛を用いた感染拡大防止などが考えられる。そして、感染率の高い農家では、対策の対象はBLV感染から発症へとシフトし、発症リスクの高い牛の抽出と、的確な病勢把握が有効であると考える。私達は、発症牛において上昇するBLV感染細胞のクローナリティに着目し、次世代シーケンサーによる病勢把握の手法を開発してきた。さらには、PCR法とサンガーシーケンス法を用いて、より簡易に感染細胞のクローナリティを把握する手法についても開発を進めている。EBLは発症しても特異的な症状に乏しく、畜産現場においては診断に苦慮する場合が多い。予後不良のEBLと、治療可能なそれ以外の疾病との類症鑑別が可能となれば、その後の牛の処遇を決める際の重要な情報提供となる。私達が開発した検査法を活用することにより、と畜せずともEBLの可能性を否定でき、安心して飼養を続けられるような判断の一助となるようにしたい。
今後もBLVの基礎的な研究を行い、感染機構や病態発現機構に基づいた防除法や対策方法を考えたい。
【略歴】
2007年3月 酪農学園大学 獣医学部 獣医学科 卒業
2011年3月 京都大学 医学研究科 医学専攻 博士課程 修了
2011年4月 農研機構博士研究員 動物衛生研究所 ウイルス疫学領域 タイ-日本 人獣感染症共同研究センター
2012年7月 京都大学ウイルス研究所 ウイルス病態研究領域 博士研究員
2014年4月 東京農業大学 農学部 畜産学科 (現:動物科学科) 助教
2020年4月 同 農学部 動物科学科 准教授
EBLが世界で初めて報告されたのは、1878年の東プロイセンのメーメル地方である。この疾病は、当初地方病的な発生の様相を呈していたが、1900年代初頭にはヨーロッパ全土から報告されるようになった。EBLはヨーロッパの家畜牛において突如出現した疾病のように認識されているが、その原因ウイルスであるBLVについて、起源となる宿主や、ヨーロッパへの到達経路については、不明な点が多かった。我々は、アジアの様々な在来牛においてBLV遺伝子の探索を行い、得られた配列を用いて動的系統樹解析を行った。その結果、BLVはアジアのゼブ牛が保有していたウイルスを祖先とし、南米において家畜牛に伝播した後、貿易や品種改良に伴う牛の移動に伴って、世界に拡散したことが分かった。日本においても、各地に保存されていた過去の病理組織標本の解析により、牛の輸入が活発化した1970年代に南米由来のBLVが米国経由で日本に侵入したことが分かった。
それでは、日本においてBLVの感染はどのように広がっているのだろうか。それを知るために、農場ごとに感染ウイルスの多様性と、個体識別番号を利用した牛の移動歴を紐づけて解析を行った。その結果、牛の導入や預託などにより牛の出入りの多い農場では、BLVの配列多様性も高く、自家産で牛の出入りのほとんどない農場ではBLV配列の多様性が低かった。つまり、BLVは国内においても牛の移動によって拡散していることが客観的データからも示された。このように日本に広く浸潤しているBLVであるが、地域特定品種の中にはBLVに抵抗性を示す品種が存在することや、EBL抵抗性の種雄牛の血統が存在することなどについても明らかとなった。
感染拡大が止まらないBLVであるが、今後どのような対策を講じることができるだろうか。効果的に、かつ経済的損失をできるだけ抑えた対策を行うには、農場の汚染状況により対策目標を設定していくことが重要と考える。例えば、感染率の低い農家では、導入や預託前後のこまめな検査によるBLV感染牛の把握と隔離が必要である。また、感染率が50%前後の農場では、遺伝的に感染しにくい牛を用いた感染拡大防止などが考えられる。そして、感染率の高い農家では、対策の対象はBLV感染から発症へとシフトし、発症リスクの高い牛の抽出と、的確な病勢把握が有効であると考える。私達は、発症牛において上昇するBLV感染細胞のクローナリティに着目し、次世代シーケンサーによる病勢把握の手法を開発してきた。さらには、PCR法とサンガーシーケンス法を用いて、より簡易に感染細胞のクローナリティを把握する手法についても開発を進めている。EBLは発症しても特異的な症状に乏しく、畜産現場においては診断に苦慮する場合が多い。予後不良のEBLと、治療可能なそれ以外の疾病との類症鑑別が可能となれば、その後の牛の処遇を決める際の重要な情報提供となる。私達が開発した検査法を活用することにより、と畜せずともEBLの可能性を否定でき、安心して飼養を続けられるような判断の一助となるようにしたい。
今後もBLVの基礎的な研究を行い、感染機構や病態発現機構に基づいた防除法や対策方法を考えたい。
【略歴】
2007年3月 酪農学園大学 獣医学部 獣医学科 卒業
2011年3月 京都大学 医学研究科 医学専攻 博士課程 修了
2011年4月 農研機構博士研究員 動物衛生研究所 ウイルス疫学領域 タイ-日本 人獣感染症共同研究センター
2012年7月 京都大学ウイルス研究所 ウイルス病態研究領域 博士研究員
2014年4月 東京農業大学 農学部 畜産学科 (現:動物科学科) 助教
2020年4月 同 農学部 動物科学科 准教授