[O-3-316] 光励起三重項状態の電子スピンを用いた動的核偏極(DNP)による室温超偏極技術
核スピンの磁気エネルギーは非常に小さいため、室温では熱擾乱に負けて向きがほとんどバラバラになっている。スピンの向きが揃った割合は偏極率と呼ばれ、発生する信号の強度はこれに比例し、MRIの感度もこれに比例する。例えば3テスラの磁場中では水素核スピンの偏極率は約0.001%という非常に小さな値である。マイクロ波を照射することによって、熱平衡状態の偏極率が水素核スピンよりも660倍高い電子スピンと同程度に核スピン偏極率を増大できる動的核偏極(DNP: Dynamic Nuclear Polarization)と呼ばれる手法が注目されている。DNPによって超偏極化された物質を溶かしてから体内に注射し、その物質の代謝をMRIで調べる応用研究が進められており、これによって迅速ながんの治療効果判定が可能になると期待されている [S. E. Day, et al., Nature Medicine 13, 1382 (2007)]。しかし、熱平衡状態の電子スピンを用いる従来のDNP法では核スピン偏極率の増大率は660倍が原理的な限界で、偏極率を10%以上に高めるためには、マイナス270℃以下の極低温下で電子スピンの偏極率を高めてからDNPを行う必要があった。本研究では、レーザー光とマイクロ波を照射することによって温度に関係なく核スピン偏極率を高める「光励起三重項状態の電子スピンを用いたDNP法(略称:トリプレットDNP法)」を用いて、固体試料を室温に保ったまま水素核スピン偏極率を34%まで高めることに成功した [K. Tateishi, M. Negoro, et al., “Room Temperature Hyperpolarization of Nuclear Spins in Bulk” Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. published online (doi: 10.1073/pnas.1315778111)]。偏極率34%は室温下で3テスラの磁場中の熱平衡状態に比べて3万倍以上高い偏極率で、従来法の原理限界を超える飛躍的な高感度化が室温のままで可能となる。本方法は従来法と異なり極低温を用いないので、低温で劣化する生体物質などの超偏極化が可能となる。また、極低温にする装置が不要なため、今後材料・技術開発が進むことで、上記がん分析への応用を、MRI室に簡単に設置できるぐらいコンパクトで低コストなシステムによって実現できると期待される。