15:30 〜 18:00
[S08P-07] 確率論的震源時間関数の概形と地震波放射効率
地震時の断層滑り速度を断層面に渡って積分した震源時間関数 (STF) は, 個々の地震の特徴を表わし, かつ地震波形インバージョンによる可観測量であるため, 多くの研究において着目されてきた. また, 個々の STF は高周波の擾乱に富み複雑かつ個性的であるが, 統計的には多数の経験則が知られ, それらの特徴を再現するための物理モデルや近似式も古くから多数提案されてきた. Hirano (2022: Web リンク参照) は, ある種の確率微分方程式の解2つの畳み込みを STF と見做すことで, 確率的に揺らぐ高周波成分を持った STF (以下, このモデルを S-STF と呼ぶ) を理論的に生成することを提案した. 従来の決定論的あるいは確率論的モデルの多くは, STF についての経験則をごく部分的にしか満たさないものであったが, S-STF モデルでは, STF が ωー2 モデルに従うこと, モーメント (すなわち STF の時間積分) の時間発展が時間の3乗に比例すること, およびモーメントの規模別頻度が GR 則に従うことが確認された.
S-STF モデルは純粋に数理的なモデルであり, その物理的実体が何であるかは議論の余地がある. Hirano (2022) が提案したひとつの可能性は, 2つの確率過程が, 断層面上で空間積分された応力降下速度と, 同じく断層面上で空間積分された Green 関数ではないかというものであった. そこで本研究では, その可能性の下で成立する震源の力学的性質を明らかにする.
断層面上で空間積分された応力降下速度が S-STF モデルで仮定される確率過程ならば, 断層面全体に渡る巨視的な滑り弱化曲線までもが再現されることが, 既に判明している. そこで今回は, 巨視的な破壊エネルギーを計算する. これは積分量なので, 確率過程に特有の高周波数ノイズにはさほど依拠しないであろう. そこで数学的・数値的な考察により, S-STF の低周波数成分だけを近似するモデルを考案した. これを用いると, S-STF は2つの楕円型分布 (a2-t2)1/2 の畳み込みで近似され, それが先述の, 多数の数値解の平均とよく一致することも確認できる (図). ただしここで定数 a は確率過程の持続時間であり, 2つの異なる値を取りうる. そこで応力降下速度の持続時間を a1, Green 関数の持続時間を a2 として, 比 A := a1/a2 が様々な値を取る状況を考える. A が小さいほど, 応力の弱化が滑りの初期に終わってしまうことを意味する. 言い換えれば A は, 地震の最終滑りを Dmax とするとき, 臨界滑り量の割合 Dc/Dmax と正の相関を持つ. これに加えて, 震源物理学において頻繁に用いられる指標である応力比 S =(strength excess)/(stress drop) を与えると, 震源からの放射効率 η が定まる. そこで関数 η(A,S) の特徴に基づいて, 震源の物理的特徴を議論することが可能になる.
まず, 関数 η(A,S) の特徴が示す事実を列挙する:
1) 応力降下に要する時間の比 (=A) が長いほど, 放射効率 η は下がる.
2) η が非負という制約から, 応力比 S が大きいほど A の取りうる値は小さくなる.
以下, これらについて物理的解釈を考える. A は Dc/Dmax と正の相関を持つことから, 上記2つにおいて A を Dc/Dmax と読み替えれば, これらは定性的に既知の事実に一致する. よって物理的に大きな瑕疵は無いであろう. その上で, Dc/Dmax ではなく A について上記が言えるということは, A, η, S の3者間に関係があり, 2つを決めれば残り1つが自動的に決まりうることを意味する. 既存研究において, A がどのように決定されるかは未知であったが, ここではそれを理解するための有益な制約条件が得られたことになる. また A はインバージョン解析によって得られる STF の低周波数成分から推定可能な量であるため, 個々の地震についてもパラメータ間の関係を議論する筋道が示された.
謝辞: 本研究はJSPS科研費18K13637, 22K03782の助成を受けたものである.
S-STF モデルは純粋に数理的なモデルであり, その物理的実体が何であるかは議論の余地がある. Hirano (2022) が提案したひとつの可能性は, 2つの確率過程が, 断層面上で空間積分された応力降下速度と, 同じく断層面上で空間積分された Green 関数ではないかというものであった. そこで本研究では, その可能性の下で成立する震源の力学的性質を明らかにする.
断層面上で空間積分された応力降下速度が S-STF モデルで仮定される確率過程ならば, 断層面全体に渡る巨視的な滑り弱化曲線までもが再現されることが, 既に判明している. そこで今回は, 巨視的な破壊エネルギーを計算する. これは積分量なので, 確率過程に特有の高周波数ノイズにはさほど依拠しないであろう. そこで数学的・数値的な考察により, S-STF の低周波数成分だけを近似するモデルを考案した. これを用いると, S-STF は2つの楕円型分布 (a2-t2)1/2 の畳み込みで近似され, それが先述の, 多数の数値解の平均とよく一致することも確認できる (図). ただしここで定数 a は確率過程の持続時間であり, 2つの異なる値を取りうる. そこで応力降下速度の持続時間を a1, Green 関数の持続時間を a2 として, 比 A := a1/a2 が様々な値を取る状況を考える. A が小さいほど, 応力の弱化が滑りの初期に終わってしまうことを意味する. 言い換えれば A は, 地震の最終滑りを Dmax とするとき, 臨界滑り量の割合 Dc/Dmax と正の相関を持つ. これに加えて, 震源物理学において頻繁に用いられる指標である応力比 S =(strength excess)/(stress drop) を与えると, 震源からの放射効率 η が定まる. そこで関数 η(A,S) の特徴に基づいて, 震源の物理的特徴を議論することが可能になる.
まず, 関数 η(A,S) の特徴が示す事実を列挙する:
1) 応力降下に要する時間の比 (=A) が長いほど, 放射効率 η は下がる.
2) η が非負という制約から, 応力比 S が大きいほど A の取りうる値は小さくなる.
以下, これらについて物理的解釈を考える. A は Dc/Dmax と正の相関を持つことから, 上記2つにおいて A を Dc/Dmax と読み替えれば, これらは定性的に既知の事実に一致する. よって物理的に大きな瑕疵は無いであろう. その上で, Dc/Dmax ではなく A について上記が言えるということは, A, η, S の3者間に関係があり, 2つを決めれば残り1つが自動的に決まりうることを意味する. 既存研究において, A がどのように決定されるかは未知であったが, ここではそれを理解するための有益な制約条件が得られたことになる. また A はインバージョン解析によって得られる STF の低周波数成分から推定可能な量であるため, 個々の地震についてもパラメータ間の関係を議論する筋道が示された.
謝辞: 本研究はJSPS科研費18K13637, 22K03782の助成を受けたものである.