日本地震学会2023年度秋季大会

講演情報

C会場

一般セッション » S01. 地震の理論・解析法

[S01] PM-2

2023年11月2日(木) 15:00 〜 16:30 C会場 (F202)

座長:川方 裕則(立命館大学)、平野 史朗(立命館大)

15:15 〜 15:30

[S01-13] 三重県南東沖における地震波速度と震源のPhysics-informed neural networkによるアンサンブル推定

*縣 亮一郎1、白石 和也1、藤江 剛1 (1. 海洋研究開発機構)

震源決定は、地震の活動を理解するための基礎的な情報を提供する、地震学において重要な解析である。震源から放出される地震波の走時を物理シミュレーション等により繰り返し計算し、観測結果を適切に説明する解を探索することによって実行される。観測条件による制約から、震源決定は悪条件(ill-conditioned)の逆問題となることが多い。このような場合、推定結果に伴う(認識論的)不確実性がベイズ推定により定量化されることが多くなってきている。走時の物理シミュレーションにおいて仮定される地下の速度構造は、アクティブな地震探査あるいは自然地震のデータを用いた地震波トモグラフィの結果を参考に設定される場合がある。地震波トモグラフィそれ自体も、多くの場合悪条件の逆問題となり、速度構造の推定結果には不確実性を伴う。走時計算において速度構造の不確実性を無視すると、震源決定の結果がデータにオーバーフィットし、速度構造からの誤差伝播を考慮しないために震源位置の不確実性が過小評価される可能性がある。この問題に対処する方法の一つとして、例えば、ベイズ推定を用いて速度構造をアンサンブルとして推定し、速度構造の不確実性を定量化することが考えられる。速度構造アンサンブルモデルを得ることができると、それを震源決定など震源インバージョンにおける複数の速度構造モデル仮定として同時に考慮する手法(ベイズマルチモデル推定、Agata+2021GJI,2022JGR)を用いることで、構造の不確実性を震源の推定プロセスに組み込むことができる。しかし、速度構造のアンサンブル推定はまだ広く行われてはおらず、特にアクティブな地震探査に対する適用例はかなり少ないのが現状である。 他方、近年のディープラーニング技術の進歩により、偏微分方程式やそれに基づく逆問題を解くための新たなアプローチが提案されている。その中でも、physics-informed neural networks(PINN)(Raissi+2019JCP)は、偏微分方程式で記述される物理法則を深層学習に取り込むことで、顕著な成功を収めている。メッシュフリーであること、柔軟性の高さなどの利点により、PINNは様々な分野において大きな注目を集めている。筆者らは最近、PINNに基づいたベイジアン地震波トモグラフィ手法を開発し、アクティブな地震探査に対する適用可能性を示した(Agata+2023IEEE-TGRS)。震源決定についても、ベイズ推定への適用まで含めすでに研究例がある(Smith+2022GJIなど)。これらの二つの手法は、速度構造や走時の表現に共通のニューラルネットワークを用いることで、シームレスに接続できることが期待される。 そこで本研究では、上記のようなPINNに基づく新しい手法を用いて、海域地震探査による探査測線下の地震波速度構造と、近傍で起きた地震の震源のアンサンブル推定を行う。対象とする地震は、2016年4月1日に三重県南東沖でMw5.9の地震である。この地震がプレート境界で発生したかどうかについては当初議論があった。その後、最新の構造情報を用いた震源決定や反射法地震探査による反射断面との比較などにより、プレート境界(巨大分岐断層)付近で発生したことが報告された(Wallace+2016JGR、Nakano+2018PEPS)。しかしこれらの解析において、地下構造モデルの不確実性は、震源決定と、比較対象の反射断面の両方において考慮されていなかった。そこで本研究では、PINNに基づくベイジアン屈折法トモグラフィ手法(Agata+2023IEEE-TGRS)を用いて、近傍の海域地震探査測線下の速度構造のアンサンブルを得る。次に、ベイズマルチモデル手法により速度構造アンサンブルを組み込み、誤差伝播を適切に考慮した震源決定を、同様にPINNに基づく走時計算により実施する。速度構造アンサンブル推定において得られた速度構造と走時を表現するニューラルネットワークを直接導入・拡張することで、これらの二つの解析はシームレスに接続される。また、速度構造アンサンブルを用いて、巨大分岐断層に対応すると思われる反射面の不確かさも推定する。震源位置と分岐断層を不確かさ情報付きで比較することにより、この地震が巨大分岐断層で起きたというシナリオが現実的かどうかを再度議論する。これらの解析を通じ、PINNを用いたアンサンブルモデリングに基づき、地震探査と震源の推定を統合する新しい解析コンセプトを例示する。