[S15P-07] F-net広帯域強震記録で見た長周期地震動のスペクトル特性
研究の動機 消防法令で定められている大型石油タンクの長周期地震動に対する耐震基準は,2003年十勝沖地震の際に苫小牧地域の石油タンクで火災,浮き屋根沈没等の甚大なスロッシング被害が発生したことを受けて,2007年に大きく改正された.その改正では,耐震基準上の長周期地震動レベルである「液面揺動の設計水平震度」が,石油タンク立地地域の長周期地震動スペクトル特性に応じて,最大2倍引き上げられた.そこでの判断材料となった長周期地震動スペクトル特性は,基本的に,座間(2000)など座間による一連の研究から編み出された経験的長周期地震動予測式から得られたものであった.ここで,座間(2000)の経験的長周期地震動予測式は,全国共通の標準スペクトルと,石油タンク立地地域と地震地体構造区分上の震央地域の組み合わせ毎に過去の地震記録から経験的に推定されたサイト増幅スペクトル(標準スペクトルに対する観測スペクトル比)との積という構造になっている.この地震動予測式は,近年発生した大地震(2003年十勝沖地震,2011年東北地方太平洋沖地震も)の際の観測スペクトルをそれなりに再現するが,そのような良い結果にならない事例もある. 2016年熊本地震の際,大分地域の浮き屋根式石油タンクではスロッシングが発生し,浮き屋根の浮き室が損傷した.この地震の際には,大分よりも震源から遠方の地域でも,遠方のわりには高いレベルの長周期地震動が観測され,ところによってはスロッシングも観測された.大分地域を含め,これらの地域で観測された長周期地震動のレベルは,のきなみ,座間(2000)の経験的長周期地震動予測式による予測値を数倍から10倍上回った.これは,長周期地震動の全体的なレベルを左右する標準スペクトルが,この地震に対してはうまく機能していないことを示唆している.座間(2000)の経験的長周期地震動予測式における標準スペクトルは,Kudo(1989)の提案式を改良したものとなっているが,(1)距離減衰項の中の減衰パラメータは,依然としてKudo(1989)が用いたMamula et al.(1984)の提案値であり,データが少ない時代の経験値であること,(2)震源深さが表面波励起強度に及ぼす影響が考慮されていない,などの問題点を指摘することができる.もっとも,これらのことで生ずる問題は,サイト増幅スペクトルが吸収し,地震動予測式としては,結局は一定程度つじつまが合うような構造になっているのであろうが,「標準スペクトル」なるものをより適切にモデル化することによって,より高い精度の地震動予測式を編み出せる可能性は期待できる.このような観点から,2022年の日本地震学会秋季大会での発表では,(1)の問題を考えるべく,岩盤もしくは硬質地盤上で多数の良質な長周期地震動記録が蓄積されているF-net広帯域強震記録を用いて,長周期地震動の全国平均的な減衰特性を調べた.今回は,同じくF-net広帯域強震記録を用いて,(2)の影響について調べた. 解析内容と結果 2003年9月26日の十勝沖地震以降,2020年3月までに日本周辺で発生したMw6.5以上の地震のF-net広帯域速度型強震計記録(サンプリング周波数20Hzのもの)のうち震央距離1,000km未満のもの対象として,岩田・入倉(1986)流のスペクトルインバージョン解析を行った.観測スペクトルに対するモデル式における距離減衰項は,Mamula et al.(1984)と同じく,exp[-α(T)・r]/r0.5(r:震央距離,T:周期,α(T):単位距離あたりの減衰強度)とした.解析対象周期は3~20sとした.観測スペクトルは,水平2成分の加速度フーリエ振幅スペクトルの幾何平均とし,スペクトル解析区間は,とりあえず,発震時からおおむね15分間(波形の立ち上がり時刻ではない)とした.各記録につき,記録長が短く地震動の主要動部分が記録されていないもの,波形がおかしいもの,ノイズが大きいもの,水平2成分合成振幅の最大値が20mkine未満のものは除外した.さらに,解析対象地震は,5個以上の観測点で解析対象記録が得られているもの,解析対象観測点は,5個以上の地震で解析対象記録が得られているものとした.サイト増幅特性の基準点は,とりあえず,つくば観測点とし,全周期について増幅率1とした.結果,46個の地震,70個の観測点,1,718個の観測記録が解析対象となった. 解析の結果得られた震源スペクトルを図に示す.発表では,マグニチュードが近い地震どうしを比較し,震源の深さとスペクトルレベルの関係を議論する. 謝辞 国立研究開発法人防災科学技術研究所の広帯域地震観測網F-netのデータを使わせていただきました.記して感謝します.