9:30 AM - 9:45 AM
[S18-02] Effectiveness of a Narrative Approach Desk-Based Simulation for Child Care Facility Staff
研究の背景:
東日本大震災以降,防災教育の重要性が見直され,義務教育過程ではさまざまな教材が開発されている.一方で,未就学児を対象とした教材開発や人材教育については依然として整備が進んでいない.2011年の東日本大震災の発生を受けて,文部科学省が行った調査では,「貴校(園)で実施した防災教育は,今回の震災において児童生徒等の主体的な行動に活かされましたか」との質問に肯定的な回答をした校種別の割合は,小学校「93.5%」,中学校「87.3%」,幼稚園「75.4%」と,幼稚園は小中校に比べて低かった(文部科学省,2012).保育の現場からは「毎月の避難訓練自体は行っているものの,いま取り組んでいる訓練が,発災時に本当に役立つのか分からず不安」との声も挙がっている.
そこで筆者らは,埼玉県内にあるA保育園系列4園と共に今年度から共同研究を開始し,2023年8月に47名の職員を対象とした机上シミュレーションを開発し,実践を行った.
研修の方法:
本研修の目的は「訓練の課題や改善策を見つける」「地震が起きると自分の園がどうなるかを考える」である.研修は以下の手順で進めた.1)阪神淡路大震災の揺れの映像を見て,内陸地殻内地震が起きるとどうなるかを知る.2)被災経験のある保育士の体験を知る.3)特定の日時を発災時刻と想定し,その時に職員や園児がいる場所や起きそうなリスクをグループで話し合い,机上の見取り図に示す.4)グループ協議の内容を全体に共有する.その際,今は発災から1年後だと想定して,あの大地震を生き残ったサバイバーとして,その時どのような状況だったかを口頭で発表してもらう.5)進行役(共著者)が発表者にインタビューを行う形で,大地震発生時の対応を答える.
上記4)および5)は,著者らの研究室で開発した「防災小説」を参考にしており,ナラティヴ・アプローチを用いた職員研修と言える.「防災小説」とは,近い未来のある時点で災害が発生するという設定のもとで,自分が現実世界で過ごしている場所を舞台に,自分を主人公とした現実の世界に即した物語を800字程度で執筆するものである(大木,2020).
研修の結果:
研修で得られたアンケート結果や映像分析から,当初目的としていた訓練の課題や改善策を見つけることができたことがわかった.研修後のワークシートには「避難先の小学校にオムツやミルクなどの備蓄がどれくらいあるか確認したい」「避難経路の確認(色んなパターンの場合)」「近隣の保育園や病院と連携が取れるよう事前に打ち合わせ」「ケガ人が出た時の対処法も含め,避難訓練でやっておきたい」などの記述が見られた.
さらに,地震が起きると自分の園がどうなるかを自分のこととして考えることもできていると示唆された.例えば,上記5)のステップにおいて進行役が「子どもたちが連鎖的に泣いてしまった時,先生はどのように対応したのですか」と問うと,「私たちの園は園庭がすぐ出られる場所にあるので,絵本を取りに行って,あとは先生たちで歌を歌って,大人も不安だったので,大丈夫だよ,もう地震のことは考えずにみんなで歌を歌ったり,絵本を読んだり,手遊びをして大人も不安を感じないようにみんなで楽しく過ごせるような雰囲気を意図的に作りました」と回答している.これは,事前資料として配布した被災を経験した保育士による語り(全国保育協議会総務部会,2013)「避難先で保護者の迎えが来ない不安そうな顔をしている子どもに対して,保育士が声を掛けたり,歌を一緒に歌ったり,持参したおやつを食べさせて,不安にさせないように努めた」を応用したものとなっている.
ナラティヴ・アプローチによる研修の効果:
筆者らは2021年9月に都内の別の保育園にて,机上の見取り図に付箋を貼るという同じ手法を用いた研修を実施したことがある.その際の全体共有方法は,グループから出てきた1人が付箋を読み上げて,自分が思いつく対処方法をその場で発表する,というものであり,ナラティヴ・アプローチは採用していない.この時,発表者からは職員の感情に関する記述は見られなかった.
今回の研修での全体共有においては,「大人も不安だったので」という感情に関する発話が見られたのは,過去に被災した保育士の言葉を自分の保育園に当てはめたから,すなわち,主体的な状況付与作業を行ったからと言える.これこそが「自分ごと化」であり,単にリスクを洗い出せるようになること以上の効果と言える.
本発表では,机上シミュレーションにナラティヴ・アプローチを用いた研修の効果について,さらに詳しく報告する.
参考資料
・東日本大震災に施設における学校等の対応に関する調査研究報告書,文部科学省,2012(対象:岩手・宮城・福島県)
・「東日本大震災被災保育所の対応に学ぶ」〜子どもたちを災害から守るための対応事例集〜,全国保育協議会総務部会,2013
・大木聖子「防災社会をデザインする地球化学の伝え方」『地球・惑星・生命』日本地球惑星科学連合(編),東京大学出版,2020
東日本大震災以降,防災教育の重要性が見直され,義務教育過程ではさまざまな教材が開発されている.一方で,未就学児を対象とした教材開発や人材教育については依然として整備が進んでいない.2011年の東日本大震災の発生を受けて,文部科学省が行った調査では,「貴校(園)で実施した防災教育は,今回の震災において児童生徒等の主体的な行動に活かされましたか」との質問に肯定的な回答をした校種別の割合は,小学校「93.5%」,中学校「87.3%」,幼稚園「75.4%」と,幼稚園は小中校に比べて低かった(文部科学省,2012).保育の現場からは「毎月の避難訓練自体は行っているものの,いま取り組んでいる訓練が,発災時に本当に役立つのか分からず不安」との声も挙がっている.
そこで筆者らは,埼玉県内にあるA保育園系列4園と共に今年度から共同研究を開始し,2023年8月に47名の職員を対象とした机上シミュレーションを開発し,実践を行った.
研修の方法:
本研修の目的は「訓練の課題や改善策を見つける」「地震が起きると自分の園がどうなるかを考える」である.研修は以下の手順で進めた.1)阪神淡路大震災の揺れの映像を見て,内陸地殻内地震が起きるとどうなるかを知る.2)被災経験のある保育士の体験を知る.3)特定の日時を発災時刻と想定し,その時に職員や園児がいる場所や起きそうなリスクをグループで話し合い,机上の見取り図に示す.4)グループ協議の内容を全体に共有する.その際,今は発災から1年後だと想定して,あの大地震を生き残ったサバイバーとして,その時どのような状況だったかを口頭で発表してもらう.5)進行役(共著者)が発表者にインタビューを行う形で,大地震発生時の対応を答える.
上記4)および5)は,著者らの研究室で開発した「防災小説」を参考にしており,ナラティヴ・アプローチを用いた職員研修と言える.「防災小説」とは,近い未来のある時点で災害が発生するという設定のもとで,自分が現実世界で過ごしている場所を舞台に,自分を主人公とした現実の世界に即した物語を800字程度で執筆するものである(大木,2020).
研修の結果:
研修で得られたアンケート結果や映像分析から,当初目的としていた訓練の課題や改善策を見つけることができたことがわかった.研修後のワークシートには「避難先の小学校にオムツやミルクなどの備蓄がどれくらいあるか確認したい」「避難経路の確認(色んなパターンの場合)」「近隣の保育園や病院と連携が取れるよう事前に打ち合わせ」「ケガ人が出た時の対処法も含め,避難訓練でやっておきたい」などの記述が見られた.
さらに,地震が起きると自分の園がどうなるかを自分のこととして考えることもできていると示唆された.例えば,上記5)のステップにおいて進行役が「子どもたちが連鎖的に泣いてしまった時,先生はどのように対応したのですか」と問うと,「私たちの園は園庭がすぐ出られる場所にあるので,絵本を取りに行って,あとは先生たちで歌を歌って,大人も不安だったので,大丈夫だよ,もう地震のことは考えずにみんなで歌を歌ったり,絵本を読んだり,手遊びをして大人も不安を感じないようにみんなで楽しく過ごせるような雰囲気を意図的に作りました」と回答している.これは,事前資料として配布した被災を経験した保育士による語り(全国保育協議会総務部会,2013)「避難先で保護者の迎えが来ない不安そうな顔をしている子どもに対して,保育士が声を掛けたり,歌を一緒に歌ったり,持参したおやつを食べさせて,不安にさせないように努めた」を応用したものとなっている.
ナラティヴ・アプローチによる研修の効果:
筆者らは2021年9月に都内の別の保育園にて,机上の見取り図に付箋を貼るという同じ手法を用いた研修を実施したことがある.その際の全体共有方法は,グループから出てきた1人が付箋を読み上げて,自分が思いつく対処方法をその場で発表する,というものであり,ナラティヴ・アプローチは採用していない.この時,発表者からは職員の感情に関する記述は見られなかった.
今回の研修での全体共有においては,「大人も不安だったので」という感情に関する発話が見られたのは,過去に被災した保育士の言葉を自分の保育園に当てはめたから,すなわち,主体的な状況付与作業を行ったからと言える.これこそが「自分ごと化」であり,単にリスクを洗い出せるようになること以上の効果と言える.
本発表では,机上シミュレーションにナラティヴ・アプローチを用いた研修の効果について,さらに詳しく報告する.
参考資料
・東日本大震災に施設における学校等の対応に関する調査研究報告書,文部科学省,2012(対象:岩手・宮城・福島県)
・「東日本大震災被災保育所の対応に学ぶ」〜子どもたちを災害から守るための対応事例集〜,全国保育協議会総務部会,2013
・大木聖子「防災社会をデザインする地球化学の伝え方」『地球・惑星・生命』日本地球惑星科学連合(編),東京大学出版,2020