10:05 〜 10:25
[S23-03] [招待講演]伊豆衝突帯とその周辺における地殻構造と地震テクトニクス
はじめに
伊豆半島北縁部から相模湾にかけての領域は,伊豆半島以南の伊豆弧と本州側の本州弧の島弧地殻同士が衝突している場であるとともに,伊豆弧前弧側の海洋プレートが,本州弧の島弧地殻の下に沈み込む場となっている.この地域で発生する地震のうち,もっとも規模が大きくかつ大きな災害を引き起こすと考えられるのは,元禄や大正関東地震に代表されるプレート境界型の地震であろう.しかし歴史的にはプレート境界型の地震だけでなく,神奈川県西部から山梨県,静岡県に大きな被害をもたらした小田原地震のような直下型地震も発生する領域である.この地震は近年発生が懸念される首都直下地震の候補の一つでもあり,防災的な観点からもその地震像の解明が期待されている. 伊豆半島北縁部から相模湾にかけての地震像を理解する上では,衝突と沈み込みの違いがどのように解消されるのか,という点が問題であり1970年代から多くの研究者によって議論されてきた。またその基礎となる地下構造やプレート運動についても、基盤観測網の充実とともに多くの研究成果が発表されている。本講演では主に2000年代以降に地震学的・測地学的手法によって明らかにされてきた地下構造や地殻変動などについて整理し、伊豆衝突帯,特に伊豆半島北縁部から相模湾におけるテクトニクスモデルについて考察する. フィリピン海プレートの構造 近年のプレートの構造に関わる研究の大きな進展の一つとして,非地震性スラブの構造が明らかとなってきたことがあげられる.プレート境界で発生する地震の分布からおよその形状が見える駿河湾以西と相模湾以東と比べ,伊豆半島から北西方向に延びる地震の空白領域のプレート構造についてはさまざまな仮説が考えられてきた。90 年代までは,スラブそのものが存在しないとする考え方が多い(例えば石橋,1988; Ishida, 1992;山岡・他 , 1994,Mazzotti et al. ,1999)が,近年では地震波速度構造の解析・レシーバ関数解析などから沈み込む非地震性スラブの存在が明らかとなってきている(例えば、Nakajima et al. 2009; Kinoshita et al. 2015; Abe et al, 2023).また人工地震探査の結果からも、沈み込む下部地殻の存在が示されている(Arai et al, 2009, 2014)。スラブが非地震性になる理由としては、含水鉱物が存在しないためであると考えられている。一方、地質・地形的には衝突によって伊豆島弧の上部・中部地殻が付加していることも明らかであり、衝突する上・中部地殻と沈み込む下部地殻の間に変位を起こす何らかの構造が必要となる。 GNSSの観測データから、伊豆半島の直下においても同様の構造の存在が示唆されている。石橋・井澗 (2004) は伊豆半島における西向きのGNSS 変位ベクトルを衝突による影響と考え,ユーラシアプレートに対するPHS の本来の運動方向に,衝突の効果としての南南東方向の速度欠損ベクトルを与え伊豆半島の西進の説明を試みた。Seno (2005) は石橋・井澗 (2004) の速度欠損ベクトルを説明するモデルとして,伊豆半島の西側2/3の部分の深さ15-20 kmに,付け根付近から半島南端よりさらに20 km 南まで延びる水平なデタッチメントの存在を仮定した.このモデルでは,デタッチメントが3 cm/yr の速度ですべることで,伊豆の西進を説明できるとした。
相模湾西部における地殻構造と地震の関係
上部・中部地殻の厚さは、島弧の主要部分(伊豆半島の直下)では20km程度の厚さがあるのに対して、相模湾側ではせいぜい数キロ程度と考えられ、相模湾の西部付近で厚さが急激に変化する。そのため、中部・下部地殻の境界が伊豆半島から東に行くほど浅くなり、沈み込む下部地殻と衝突する伊豆半島下の上部・中部地殻の間で東西方向に運動のずれが生じることになる。この運動のずれはGNSSデータでは左横ずれのひずみ集中帯(Doke et al, 2020)として観測されている。このひずみを解消するメカニズムとして、ひずみ集中帯の中に高角な左横ずれ断層が(複数)存在し地震をおこす、あるいはその一部を塑性変形によって解消する、といったことが考えられる。 このせん断帯を含む相模湾西部は小田原地震の震源域とされ、西相模湾断裂と呼ばれる断層帯が存在するとされてきた(石橋,1988)。石橋のモデルでは70数年に一度、M7クラスの地震を発生するとされているが、これは一つの断層に東西の運動のずれによるひずみをすべて押し付けていることに相当するだろう。講演ではこのひずみを解消するメカニズムについて、いくつかの候補をあげて議論する。
伊豆半島北縁部から相模湾にかけての領域は,伊豆半島以南の伊豆弧と本州側の本州弧の島弧地殻同士が衝突している場であるとともに,伊豆弧前弧側の海洋プレートが,本州弧の島弧地殻の下に沈み込む場となっている.この地域で発生する地震のうち,もっとも規模が大きくかつ大きな災害を引き起こすと考えられるのは,元禄や大正関東地震に代表されるプレート境界型の地震であろう.しかし歴史的にはプレート境界型の地震だけでなく,神奈川県西部から山梨県,静岡県に大きな被害をもたらした小田原地震のような直下型地震も発生する領域である.この地震は近年発生が懸念される首都直下地震の候補の一つでもあり,防災的な観点からもその地震像の解明が期待されている. 伊豆半島北縁部から相模湾にかけての地震像を理解する上では,衝突と沈み込みの違いがどのように解消されるのか,という点が問題であり1970年代から多くの研究者によって議論されてきた。またその基礎となる地下構造やプレート運動についても、基盤観測網の充実とともに多くの研究成果が発表されている。本講演では主に2000年代以降に地震学的・測地学的手法によって明らかにされてきた地下構造や地殻変動などについて整理し、伊豆衝突帯,特に伊豆半島北縁部から相模湾におけるテクトニクスモデルについて考察する. フィリピン海プレートの構造 近年のプレートの構造に関わる研究の大きな進展の一つとして,非地震性スラブの構造が明らかとなってきたことがあげられる.プレート境界で発生する地震の分布からおよその形状が見える駿河湾以西と相模湾以東と比べ,伊豆半島から北西方向に延びる地震の空白領域のプレート構造についてはさまざまな仮説が考えられてきた。90 年代までは,スラブそのものが存在しないとする考え方が多い(例えば石橋,1988; Ishida, 1992;山岡・他 , 1994,Mazzotti et al. ,1999)が,近年では地震波速度構造の解析・レシーバ関数解析などから沈み込む非地震性スラブの存在が明らかとなってきている(例えば、Nakajima et al. 2009; Kinoshita et al. 2015; Abe et al, 2023).また人工地震探査の結果からも、沈み込む下部地殻の存在が示されている(Arai et al, 2009, 2014)。スラブが非地震性になる理由としては、含水鉱物が存在しないためであると考えられている。一方、地質・地形的には衝突によって伊豆島弧の上部・中部地殻が付加していることも明らかであり、衝突する上・中部地殻と沈み込む下部地殻の間に変位を起こす何らかの構造が必要となる。 GNSSの観測データから、伊豆半島の直下においても同様の構造の存在が示唆されている。石橋・井澗 (2004) は伊豆半島における西向きのGNSS 変位ベクトルを衝突による影響と考え,ユーラシアプレートに対するPHS の本来の運動方向に,衝突の効果としての南南東方向の速度欠損ベクトルを与え伊豆半島の西進の説明を試みた。Seno (2005) は石橋・井澗 (2004) の速度欠損ベクトルを説明するモデルとして,伊豆半島の西側2/3の部分の深さ15-20 kmに,付け根付近から半島南端よりさらに20 km 南まで延びる水平なデタッチメントの存在を仮定した.このモデルでは,デタッチメントが3 cm/yr の速度ですべることで,伊豆の西進を説明できるとした。
相模湾西部における地殻構造と地震の関係
上部・中部地殻の厚さは、島弧の主要部分(伊豆半島の直下)では20km程度の厚さがあるのに対して、相模湾側ではせいぜい数キロ程度と考えられ、相模湾の西部付近で厚さが急激に変化する。そのため、中部・下部地殻の境界が伊豆半島から東に行くほど浅くなり、沈み込む下部地殻と衝突する伊豆半島下の上部・中部地殻の間で東西方向に運動のずれが生じることになる。この運動のずれはGNSSデータでは左横ずれのひずみ集中帯(Doke et al, 2020)として観測されている。このひずみを解消するメカニズムとして、ひずみ集中帯の中に高角な左横ずれ断層が(複数)存在し地震をおこす、あるいはその一部を塑性変形によって解消する、といったことが考えられる。 このせん断帯を含む相模湾西部は小田原地震の震源域とされ、西相模湾断裂と呼ばれる断層帯が存在するとされてきた(石橋,1988)。石橋のモデルでは70数年に一度、M7クラスの地震を発生するとされているが、これは一つの断層に東西の運動のずれによるひずみをすべて押し付けていることに相当するだろう。講演ではこのひずみを解消するメカニズムについて、いくつかの候補をあげて議論する。