日本地震学会2024年度秋季大会

講演情報

B会場

一般セッション » S17. 津波

[S17] PM-1

2024年10月23日(水) 13:30 〜 15:15 B会場 (3階中会議室301)

座長:楠本 聡(海洋研究開発機構)、対馬 弘晃(気象庁気象研究所)

14:15 〜 14:30

[S17-10] Physics-Informed Neural Network (PINN) による津波のデータ同化

*染矢 真好1、古村 孝志1 (1. 東京大学 地震研究所)

1.背景と目的
津波予測は、地震波データから推定した震源断層モデルに基づき行われるのが一般的である。一方近年では、S-netやDONETなど沖合津波観測網の整備が進んだため、観測された津波データから波動場を推定・予測するデータ同化的なアプローチが現実的となった。これまでに提案された最適内挿法(Maeda et al. 2015)やアジョイント法(Zhou et al. 2019、前田 2023 SSJ)に基づくデータ同化では、津波方程式の差分法計算などにより、観測データを説明するような初期波動場や現況波動場を推定する。特にアジョイント法は、波動場の順伝播・逆伝播計算を繰り返すことにより、データと物理を説明する場を推定する優れた手法であるが(例:Xie et al. 2023)、定式化がやや複雑である、反復計算のコストが高いなどの問題も抱えている。
そこで我々は、Physics-Informed Neural Network(PINN、Raissi et al. 2019)に着目した。PINNは、NNを用いて微分方程式を解くための手法であり、物理法則とデータを同時に満たす解を得ることができる。本研究では、PINNを用いて、各観測点での離散的な観測データから連続的な津波波動場を推定する手法を開発した(多量の津波シナリオで学習したNNに新たなデータを入力して予測を行うのではなく、それぞれの観測データに対してPINNを最適化する手法であることに注意されたい)。提案手法は、アジョイント法と比べて計算モデルの構築が比較的容易である、観測データが乏しい場合でも物理的制約により合理的な解を得ることができるなどのメリットがある。発表では、S-netの観測データをもとに津波波動場の推定を行った結果を報告する。

2.手法
PINNモデルにより津波波動場を表現するため、座標(x,y)と時刻tを入力とし、波高ηと流束(M,N)を出力とするNNを設計する(図1)。NNの隠れ層は4層で、各層50ニューロンとした。波高の観測値とのmisfitを表すデータ損失L_dataと、線形長波方程式に基づく物理損失L_PDEの和を最小化することで、推定結果がデータと津波伝播の物理の双方を満たすようにNNの最適化を行う。なお流束には、t=0でゼロとなる初期条件を課した。
訓練されたPINNを用いて、各時刻での波動場を推定し、PINNの性能評価に用いた。

3.2011年東北沖津波の合成データによる検証
実データによる検証の前段階として、まず合成データを用いた検証を行った。2011年東北地方太平洋沖地震の断層モデル(Fujii et al. 2011)と津波計算ライブラリJAGURS(Baba et al. 2015)を用いて、S-netでの津波波形を合成し、PINNの訓練に用いた。用いた波形のサンプリング間隔は10秒、長さは20分間である。
結果を図2に示す。各時刻において、波動場を精度よく推定できていることが分かる。また、観測データとして与えたのは波高のみであるが、データの存在しない流束についても、物理的に整合する結果が得られた。このことは、波高と流束の推定結果を初期条件として津波伝播のForward計算を行うことで、高い精度で津波を予測できることを示唆する。

4.2016年福島県沖津波の実データによる検証
次に、S-netの海底圧力計により記録された、2016年福島県沖地震による津波データを用いて検証を行った。まず、Xie et al. (2023)に従い、次のような前処理を行った;①周期100秒のLow-Pass Filterにより地震動成分を除去。②地震直後の急激な振幅変化が基準値(0.0005m/s)よりも大きい場合、除去。③多項式フィッティングにより、長周期成分(潮汐等)を除去。その後、サンプリング間隔を10秒に間引き、地震発生から20分間のデータをPINNの訓練に用いた。
結果を図3に示す。推定された初期波動場は、Kubota et al. (2021)による津波インバージョンで求められた初期波動場(図4黒線)と概ね一致した。しかし、使用した観測点のほとんどが波源の東側に分布しているため、西側に偽の波動場が伸びる結果となった。より長い時間のデータや、陸に近い観測点(NOWPHASの波浪計など)のデータを用いることで、推定結果が改善する可能性がある。

5.謝辞
本研究では、PINNの設計にDeepXDE(Lu et al. 2021)を用い、計算は東大情報基盤センターのWisteria-aスパコン上で行った。海底地形データはGlobal tsunami Terrain Model(Chikasada 2020)を使用した。また、防災科研のS-netの海底圧力計データを使用した。記して感謝申し上げる。