[PA33] 教授学習過程におけるデジタルメディアとアナログメディアとの交錯
放送大学オンライン授業での「書写」をめぐって
キーワード:オンライン授業, 書写, メディア
問題と目的
高橋(2015b)は,「リテラシー」という概念を事例にして,メディアと人間(個人や組織)の認識や活動との関係について,放送大学オンライン授業制作におけるインストラクショナルデザイナー(以下ID)としての筆者自身のアクションリサーチを通して検討し,高橋(2007)の枠組みを一般化する理論的な試みを行った。
本論も同じアクションリサーチに基づいているが,教授学習過程における提供側のメディアと受け手側のメディアとが交錯する意味を検討することを通して,高橋(2007)の枠組みをさらに一般化する理論的な試みを行うことを目的としている。
方 法
事例 放送大学においては,2015年から「オンライン授業」という形態の講義を開講している。筆者は,2014年度からオンライン授業の制作にIDの立場で参画しているが,さらにオンライン授業の担当教員の立場でも参画しており,2016年度から2つの科目が開講している。オンライン授業においては,学習管理システムを利用して,教育コンテンツの配信,学習活動の管理,評価などが行われる。筆者が2015年度にIDとして関わったのは,学部の自然科学系の専門科目である演習科目(以下演習科目)である。担当教員として関わったのは,大学院の情報系の専門科目(以下情報科目)である。IDは放送大学教育支援センターに所属する教員であり,同センターの活動としてユニットを組織している。そのユニットの活動の一つとして,2015年度に開講したオンライン授業科目(以下資格科目)の受講生へのグループインタビューを行い,オンライン授業の評価活動も行った。また,筆者自身の研究活動として,グループインタビューに参加した受講生への個人インタビューも行った。これは,高橋(2015a)と同じように,教授学習過程を記述することを目的としている。
データ分析 オンライン授業の制作には,担当教員,ID以外に,大学の執行部,各事務組織,制作組織が関係している。これら関係者との授業制作部会,各種の対面での打ち合わせ,電子メールなどでのコミュニケーションに,筆者はIDとして担当教員として参画して,文書による記録を残している。その記録を元にして,得られた言説を内容分析した。さらに,(グループ)インタビュー調査では,書き起こしに基づいて内容分析を行っている。
結果と考察
このアクションリサーチを通して,本論で検討するのは「書写」である。
資格科目:2015年度から開講しているオンライン授業科目は2科目あるが,いずれも資格関連の科目である。従来の放送授業と同じく,学期末の単位認定試験に合格して単位が与えられる。1つの科目では,単位認定試験の際に「持ち込み可」としており,オンライン授業のコンテンツを全て印刷したという受講生が多かった。また,受講生自ら,コンテンツを視聴しながら,自分のノートに書写しながら学習したという受講生もいた。
演習科目:演習問題に対して受講生が自ら数式を立てて解いていく,ということを主眼にしている。コンテンツでは,最初に,担当講師が自ら筆記具で書きながら問題を解いていくビデオ教材が含まれている。科目の最後のまとめでも,担当講師から,結局のところ,数式を立てて自ら問題を解いていくことが重要であると説明があり,有名な研究者でも,数式を立てて,一つずつ式を解いていくことを実践しているというエピソードも紹介されている。コンテンツ制作の場面で,IDとして,数式の読み方を統一した方が初心者には効果的と進言した。演習科目では,従来の単位認定試験は無く,各回の小テストと2回のレポート提出で評価される。
情報科目:従来の放送授業であった旧科目の後継科目として制作された。担当教員としては,従来の印刷教材の原稿やテレビ放送映像を素材として利用した。印刷教材に相当するコンテンツは,ファイルをダウンロードすることが容易ではない形式で制作した。また,情報科目でも従来の単位認定試験は無く,担当部分の評価は,小テストとレポートとで行うことにした。
以上の3科目での事例から,「書写」をデジタルメディアとアナログメディアとの交錯として捉えることができるであろう。資格科目では単位認定試験の制約はあるが,受講生自らノートと筆記具というアナログメディアを使いこなしている。演習科目は担当講師みずから「書写」することを促すコンテンツを制作し,その意味や価値も説明している。情報科目では一見すると「書写」とは無関係に見えるが,レポートを課す,容易に印刷されないようにすることは,デジタルメディアとアナログメディアとが交錯する状況によって引き起こされていると解釈することは可能であろう。
引用文献
高橋 (2007). 比留間・山本(編) 説明の心理学 ナカニシヤ出版 pp.94-109.
高橋 (2015a). 教心57回
高橋 (2015b). 日心79回
追 記
本研究の一部は,平成27年度放送大学教育振興会の助成を得て実施したものである。
高橋(2015b)は,「リテラシー」という概念を事例にして,メディアと人間(個人や組織)の認識や活動との関係について,放送大学オンライン授業制作におけるインストラクショナルデザイナー(以下ID)としての筆者自身のアクションリサーチを通して検討し,高橋(2007)の枠組みを一般化する理論的な試みを行った。
本論も同じアクションリサーチに基づいているが,教授学習過程における提供側のメディアと受け手側のメディアとが交錯する意味を検討することを通して,高橋(2007)の枠組みをさらに一般化する理論的な試みを行うことを目的としている。
方 法
事例 放送大学においては,2015年から「オンライン授業」という形態の講義を開講している。筆者は,2014年度からオンライン授業の制作にIDの立場で参画しているが,さらにオンライン授業の担当教員の立場でも参画しており,2016年度から2つの科目が開講している。オンライン授業においては,学習管理システムを利用して,教育コンテンツの配信,学習活動の管理,評価などが行われる。筆者が2015年度にIDとして関わったのは,学部の自然科学系の専門科目である演習科目(以下演習科目)である。担当教員として関わったのは,大学院の情報系の専門科目(以下情報科目)である。IDは放送大学教育支援センターに所属する教員であり,同センターの活動としてユニットを組織している。そのユニットの活動の一つとして,2015年度に開講したオンライン授業科目(以下資格科目)の受講生へのグループインタビューを行い,オンライン授業の評価活動も行った。また,筆者自身の研究活動として,グループインタビューに参加した受講生への個人インタビューも行った。これは,高橋(2015a)と同じように,教授学習過程を記述することを目的としている。
データ分析 オンライン授業の制作には,担当教員,ID以外に,大学の執行部,各事務組織,制作組織が関係している。これら関係者との授業制作部会,各種の対面での打ち合わせ,電子メールなどでのコミュニケーションに,筆者はIDとして担当教員として参画して,文書による記録を残している。その記録を元にして,得られた言説を内容分析した。さらに,(グループ)インタビュー調査では,書き起こしに基づいて内容分析を行っている。
結果と考察
このアクションリサーチを通して,本論で検討するのは「書写」である。
資格科目:2015年度から開講しているオンライン授業科目は2科目あるが,いずれも資格関連の科目である。従来の放送授業と同じく,学期末の単位認定試験に合格して単位が与えられる。1つの科目では,単位認定試験の際に「持ち込み可」としており,オンライン授業のコンテンツを全て印刷したという受講生が多かった。また,受講生自ら,コンテンツを視聴しながら,自分のノートに書写しながら学習したという受講生もいた。
演習科目:演習問題に対して受講生が自ら数式を立てて解いていく,ということを主眼にしている。コンテンツでは,最初に,担当講師が自ら筆記具で書きながら問題を解いていくビデオ教材が含まれている。科目の最後のまとめでも,担当講師から,結局のところ,数式を立てて自ら問題を解いていくことが重要であると説明があり,有名な研究者でも,数式を立てて,一つずつ式を解いていくことを実践しているというエピソードも紹介されている。コンテンツ制作の場面で,IDとして,数式の読み方を統一した方が初心者には効果的と進言した。演習科目では,従来の単位認定試験は無く,各回の小テストと2回のレポート提出で評価される。
情報科目:従来の放送授業であった旧科目の後継科目として制作された。担当教員としては,従来の印刷教材の原稿やテレビ放送映像を素材として利用した。印刷教材に相当するコンテンツは,ファイルをダウンロードすることが容易ではない形式で制作した。また,情報科目でも従来の単位認定試験は無く,担当部分の評価は,小テストとレポートとで行うことにした。
以上の3科目での事例から,「書写」をデジタルメディアとアナログメディアとの交錯として捉えることができるであろう。資格科目では単位認定試験の制約はあるが,受講生自らノートと筆記具というアナログメディアを使いこなしている。演習科目は担当講師みずから「書写」することを促すコンテンツを制作し,その意味や価値も説明している。情報科目では一見すると「書写」とは無関係に見えるが,レポートを課す,容易に印刷されないようにすることは,デジタルメディアとアナログメディアとが交錯する状況によって引き起こされていると解釈することは可能であろう。
引用文献
高橋 (2007). 比留間・山本(編) 説明の心理学 ナカニシヤ出版 pp.94-109.
高橋 (2015a). 教心57回
高橋 (2015b). 日心79回
追 記
本研究の一部は,平成27年度放送大学教育振興会の助成を得て実施したものである。