16:00 〜 18:00
[PF72] いじめ撲滅劇参加による卒業生への影響
卒業生インタビューに見られる転機という概念に着目して
キーワード:いじめ, 転機, 自己変容
問題と目的
寝屋川市には中学生サミットという生徒会メンバーによる交流の場が存在し,市内の小中学生・教職員・地域の人々に向けて,毎年いじめ撲滅劇が上演されている。この取組は「単なる楽しかった思い出以上に記憶に残るからこそ,児童生徒の発達上,適応的な意味を持つ可能性」(河本,2014)が考えられ,その取組の事後には「いじめ観」や「他者とのかかわり」といった点で劇参加者の自己変容が見られることが明らかとなっている(冨田,2016)。
このような「古い自己を脱ぎ捨てて新しい自己を作りあげる」経験は転機と呼ばれ,転機を語ることで自分の変化に気づき,現在の自己を肯定的に捉えることが指摘されており(杉浦,2004),転機は青年期の自己形成における重要な経験となると予想される。
だがこのような経験が,その後の自己形成過程にどのように影響を与えるのかについて検討した例はあまり見られない。撲滅劇参加後には,自己変容が語られるが,それは,その後の自己形成の過程にどの程度,また,どのような影響を及ぼしているのだろうか。本研究では撲滅劇参加から数年を経た者へのインタビューを行い,その実際について検討することを目的とする。
方 法
対象:就職・進路決定など人生の岐路ともいえる分岐点にさしかかる20歳前後の卒業生8名(男子5名,女子3名)。平成21年度いじめ撲滅劇第2作「夕日の見える教室で」に参加した卒業生18名のうち,アポが取れた者(20歳~21歳)。
時期:平成27年8月~9月(劇参加より6年後)手続き:インタビュー(半構造化面接)
質問項目:⑴いじめ撲滅劇のことを今も覚えているか?「かなり強く覚えている。」から「全く覚えていない」までの5件法での回答。⑵今,大学生活で,何かに打ち込むこと,将来に向けて何か目標を持って頑張っていること⑶いじめ撲滅劇参加を今振り返ると,自分にとってどんな意味があったか,その後の生活で何か影響があったか?⑷将来に向けて,今,自分は何を頑張りたいと考えているか?
結果と考察
分析は,M-GTA(木下,2003)の研究法にのっとり概念を生成したのち,それらを上位のカテゴリーにまとめた。その結果,4個のカテゴリーと12個の概念が抽出された(Table1)。質問⑴で「強く覚えている」と答えた者は8名中4名で,覚えてないというものは1人も存在しなかった。6年前の参加経験は,強弱の差こそあるものの,参加者の心の中に残っていることは明らかであり,質問⑶から生成された【心に残る記憶】というカテゴリーに属する『居心地の良さ』など4つの概念が影響しているものと考えられる。
また,質問⑶からは「あの劇の参加があったから,今の自分がいる。」「あの劇の参加がなかったら,この大学の進路を選んでなかったかも。」「あの劇のおかげで,浪人した時に妥協せずに頑張れた。」など,いじめ撲滅劇参加を自分の人生の『ひとつの転機』として捉えている者が8人中6人に見られた。それとともに,いじめ撲滅劇参加の影響として『人との積極的な関わり』『他者の気持ちの理解』『意見の言える自分』『うまくなった友達づきあい』といった【自己変容】のカテゴリーに属する概念が抽出された。それらは,杉浦(2004)が転機あり群の転機後の変化の特徴としてあげている「他人受容」「今の自分がある」「積極的行動」「自分らしさ」等と類似性のみられるものである。「転機を経験することで,人は自己を肯定的に捉えることができる」(杉浦,2004)のであり,今回6年前の経験を振り返り自分を語ることで,自分が変わってきたことや成長したことを改めて再認識している様相がうかがわれた。
質問⑷からは,劇参加の中で感じた「感動」や「居心地の良さ」といった他者との関わりを豊かに構築できた【心に残る記憶】が,職業を考える上でも「人と関わりのある仕事をしたい」「人のために何かして感動したい」など『目標とする職業』『働く上でのやりがいの認識』への影響が見られる者も1部存在した。いじめ撲滅劇での学びは,今後も,将来に向けてよりよく人生を生きたいといった自己形成に影響を与えることが示唆される。
ただ,今回検証された変容の分析は「劇のおかげで・・。」という発話に着目しながら行ったが,いじめ撲滅劇参加だけが原因とはいい難く,様々な交絡要因が存在することは否めない。しかしながら,取り組んだ集団活動が,その後長期にわたって個人にどのような影響を与えるかについての研究は非常に少なく,6年後の卒業生において検証できた点は意義深いと考える。
引用・参考文献
杉浦健 2004 転機の心理学 ナカニシヤ出版
木下康仁 2003 グラウンデッド・セオリー・アプローチ-質的実証研究への誘い― 弘文堂
寝屋川市には中学生サミットという生徒会メンバーによる交流の場が存在し,市内の小中学生・教職員・地域の人々に向けて,毎年いじめ撲滅劇が上演されている。この取組は「単なる楽しかった思い出以上に記憶に残るからこそ,児童生徒の発達上,適応的な意味を持つ可能性」(河本,2014)が考えられ,その取組の事後には「いじめ観」や「他者とのかかわり」といった点で劇参加者の自己変容が見られることが明らかとなっている(冨田,2016)。
このような「古い自己を脱ぎ捨てて新しい自己を作りあげる」経験は転機と呼ばれ,転機を語ることで自分の変化に気づき,現在の自己を肯定的に捉えることが指摘されており(杉浦,2004),転機は青年期の自己形成における重要な経験となると予想される。
だがこのような経験が,その後の自己形成過程にどのように影響を与えるのかについて検討した例はあまり見られない。撲滅劇参加後には,自己変容が語られるが,それは,その後の自己形成の過程にどの程度,また,どのような影響を及ぼしているのだろうか。本研究では撲滅劇参加から数年を経た者へのインタビューを行い,その実際について検討することを目的とする。
方 法
対象:就職・進路決定など人生の岐路ともいえる分岐点にさしかかる20歳前後の卒業生8名(男子5名,女子3名)。平成21年度いじめ撲滅劇第2作「夕日の見える教室で」に参加した卒業生18名のうち,アポが取れた者(20歳~21歳)。
時期:平成27年8月~9月(劇参加より6年後)手続き:インタビュー(半構造化面接)
質問項目:⑴いじめ撲滅劇のことを今も覚えているか?「かなり強く覚えている。」から「全く覚えていない」までの5件法での回答。⑵今,大学生活で,何かに打ち込むこと,将来に向けて何か目標を持って頑張っていること⑶いじめ撲滅劇参加を今振り返ると,自分にとってどんな意味があったか,その後の生活で何か影響があったか?⑷将来に向けて,今,自分は何を頑張りたいと考えているか?
結果と考察
分析は,M-GTA(木下,2003)の研究法にのっとり概念を生成したのち,それらを上位のカテゴリーにまとめた。その結果,4個のカテゴリーと12個の概念が抽出された(Table1)。質問⑴で「強く覚えている」と答えた者は8名中4名で,覚えてないというものは1人も存在しなかった。6年前の参加経験は,強弱の差こそあるものの,参加者の心の中に残っていることは明らかであり,質問⑶から生成された【心に残る記憶】というカテゴリーに属する『居心地の良さ』など4つの概念が影響しているものと考えられる。
また,質問⑶からは「あの劇の参加があったから,今の自分がいる。」「あの劇の参加がなかったら,この大学の進路を選んでなかったかも。」「あの劇のおかげで,浪人した時に妥協せずに頑張れた。」など,いじめ撲滅劇参加を自分の人生の『ひとつの転機』として捉えている者が8人中6人に見られた。それとともに,いじめ撲滅劇参加の影響として『人との積極的な関わり』『他者の気持ちの理解』『意見の言える自分』『うまくなった友達づきあい』といった【自己変容】のカテゴリーに属する概念が抽出された。それらは,杉浦(2004)が転機あり群の転機後の変化の特徴としてあげている「他人受容」「今の自分がある」「積極的行動」「自分らしさ」等と類似性のみられるものである。「転機を経験することで,人は自己を肯定的に捉えることができる」(杉浦,2004)のであり,今回6年前の経験を振り返り自分を語ることで,自分が変わってきたことや成長したことを改めて再認識している様相がうかがわれた。
質問⑷からは,劇参加の中で感じた「感動」や「居心地の良さ」といった他者との関わりを豊かに構築できた【心に残る記憶】が,職業を考える上でも「人と関わりのある仕事をしたい」「人のために何かして感動したい」など『目標とする職業』『働く上でのやりがいの認識』への影響が見られる者も1部存在した。いじめ撲滅劇での学びは,今後も,将来に向けてよりよく人生を生きたいといった自己形成に影響を与えることが示唆される。
ただ,今回検証された変容の分析は「劇のおかげで・・。」という発話に着目しながら行ったが,いじめ撲滅劇参加だけが原因とはいい難く,様々な交絡要因が存在することは否めない。しかしながら,取り組んだ集団活動が,その後長期にわたって個人にどのような影響を与えるかについての研究は非常に少なく,6年後の卒業生において検証できた点は意義深いと考える。
引用・参考文献
杉浦健 2004 転機の心理学 ナカニシヤ出版
木下康仁 2003 グラウンデッド・セオリー・アプローチ-質的実証研究への誘い― 弘文堂