日本教育心理学会第60回総会

講演情報

ポスター発表

[PA] ポスター発表 PA(01-78)

2018年9月15日(土) 10:00 〜 12:00 D203 (独立館 2階)

在席責任時間 奇数番号10:00~11:00 偶数番号11:00~12:00

[PA42] Visual Thinking Strategiesの手法を用いた授業の開発について

石原優子 (兵庫教育大学大学院)

キーワード:漢文学習, 中学生, VTS

問題と目的
 昨年度,中学2年生81名を対象に古典の学習に関するアンケートをとったところ,「古典の学習は楽しいか」という質問に対して肯定的な回答をしたのが14名(17.3%),「どちらでもない」と回答したのが36名(44.4%),否定的な回答をしたのが31名(38.3%)であった。古文や漢文等の伝統的な言語文化に関する学習に対して多くの生徒が苦手意識を持っている現状があり,授業を展開するにあたってはそれを考慮した上で教授内容を検討する必要性があると考えている。本稿では,知識注入型ではない授業を考える中で出会った「Visual Thinking Strategies」(以下,VTS)という手法を中学校の漢文学習に応用した実践について述べる。VTSとは「対話型鑑賞教育」による新しい美術鑑賞教育方法であり,現在は美術鑑賞だけでなく,文学鑑賞や理科の観察などにも援用されている。古田(2009)がVTSを用いた『源氏物語』読解の実践をしているほか,橋本(2012)が日本語を母国語としない者への日本語教育への応用を,VTSの進め方(ルール)も含めて提唱している。本研究は,中学生を対象に,一枚の絵を示して対話するVTSを活用した漢文授業の開発を目的とする。

方  法
実施日:2018年3月中旬
学習者:中学2年生 87名(3クラス)
教材名:李白「黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る」
 故人西辞黄鶴楼 故人西のかた黄鶴楼を辞し
 煙花三月下揚州 煙花三月揚州に下る
 孤帆遠影碧空尽 孤帆の遠影碧空に尽き
 唯見長江天際流 唯だ見る長江の天際に流るるを
使用した絵:B5サイズ1枚の風景画。絵の中央に大きな川が流れており,川の流れの先に一艘の小船が浮かんでいる。手前には大きな建物が描かれており,その傍らに船を見つめているかのような人物が一人で立っている。絵の奥は霞んで見える。
配布物:絵と発問を記載したワークシート
手続き:(1)3分程度の静かな時間をとって個人で絵を見る。(2)ワークシートに記載されている「この絵の中で何が起こっているか」「絵のどこからそう思ったのか」という発問に対する自分の意見を書く。(3)全員が自分の意見を書けていることを確認する。(4)4名程度の少人数グループを作り,意見交換をする。(5)学級全体で意見を共有し,絵の中で起こっている出来事に迫っていく。(6)本文と絵を見ながら漢詩の解説を聞き,大意をつかむ。

結果と考察
◯ワークシートの記述
 場所は「川辺」「海辺」「雲の上」「沖縄」,船は「遠く離れていく」「こちらに帰ってくる」「迷い込んでいる」など,複数の項目で意見が分かれ,根拠を挙げながら話し合う様子が見られた。
〇「煙」の解釈について
 二句冒頭の「煙」は「霞」の意味だが,火を焚いたときに立ち上る「煙」という日本語のイメージを読解に適応すると,学習者は意味がつかめずに混乱してしまう。つまり,学習者に言語的な抵抗感が引き起こされ,これが古典の学習に対する苦手意識の一因となってしまう。しかし,絵を通して「霞」を直観的に捉えることが漢詩を理解するうえでの助けとなると,手続き(6)で確認された。
〇「長江」の解釈について
 VTSを取り入れるまでは「中国の川は日本の川と違って川幅が広い」と言葉で説明してきたが,「船が海に浮かんでいる」という学習者の発言をとらえて「海に見えるが実は川である」と説明すると,学習者は驚いた様子であった。
今後,絵と漢詩の解釈とを関連付ける方法についてさらに検討をしながら実践を重ねていきたい。