[PC006] 麻薬探知犬ハンドラーの教授学習過程の考察(1)
ハンドラー,インストラクター,管理官へのインタビューから
キーワード:麻薬探知犬, 教授学習過程, 言語化
問題と目的
全国の税関を対象とした関税法違反事件の取り締まり状況に関する報道発表(平成27年2月20日)によれば,平成26年は,(1)不正薬物の押収量が3年連続で600kgを越え,なかでも(2)覚醒剤の摘発件数・押収量がそれぞれ過去2番目・5番目を記録する危機的な状況にある(財務省HP)。個人と社会に甚大な影響を与えるこれら薬物の乱用について,国は次々と禁止薬物を指定し,とりわけ若年層への啓発活動を強めている(厚生労働省HP)が,それ以前に欠かせないのが,国内流入を未然に防ぐ対策である。このとき期待されるのは,一般にも知られる麻薬探知犬(以下,麻犬)の活躍であり,その育成については一部,動物遺伝学の分野で研究が進行している(吉田,2004)。しかし,麻犬の活躍を学習の成果と見れば,彼らを扱う税関職員(ハンドラー)の力を低く見積もることはできない。ところがハンドラーの成長に関する心理学的研究はなく,税関内でもハンドラーの育成は伝承・蓄積の難しい個人の経験則に負うところが大きかった(対象者インタビューより)。そこで本研究では,言語的実践を核としたハンドラー育成のアクションリサーチを行い,青少年の発達に対する間接的な寄与を目指すとともに,これまで対象化されることのなかった専門職の教授学習過程に対する新たな検討を行う。本稿では,導入が決定された言語的実践の経緯について報告を行う。
方 法
国内にある税関9ヶ所のうちA税関の協力を得て,麻薬探知犬センター(以下センター)に所属するハンドラー(開始当時4名,平均20歳代),インストラクター(2名,平均40歳代),管理官(1名,50歳代)に対する半構造化インタビューを行った。インタビューは20XX年12月の2日間に渡って実施され,平均インタビュー時間は70分であった。「ハンドラーの勘やコツへの貢献として,心理学者に何ができるか」など,用意された12の質問に対する回答はすべて逐語化された。逐語は翌年2月に発話者に戻され,点検(訂正・削除)を受けるとともに,報告に対する了解を得た。
結果と考察
インタビューを根拠に,具体的提案に先駆けてなされた視点の整理は,以下6点に及んだ。なお,具体的発話の掲載は紙面の都合上,省略した。
(ア)言語化の功罪:言葉は思考そのものであり,人のもつ最強の道具でありながら,諸刃の刃というべき側面をもつ。とりわけ(1)言語ないし言語化に対する個人差,(2)言語化と実践の乖離等が,念頭に置かれなければならない。(イ)言語化と脱経験主義:センターでは経験が尊重される。確かに経験ほど学びやすいものはない。しかし,経験から得た知識は必ずしも活用が容易ではない。言語化の実践を,脱経験主義の過程に位置づけ,省察ポイントの明確化に役立てられるとよい。(ウ)対話的指導(宮崎,2009):感覚を言語化(ラベリング)し,他者に開く行為は,内に閉じがちな‘職人’の人間的成長を目指すセンターの目標にも合致する。文字面ではなく,文字に込められたハンドラーの感覚(一見‘誤答’と思われるようなハンドラーの発想。ハンドラーの視線の先)をめぐる対話を展開したい。このとき問われるのは指導者の発問である。言語化が最も求められるのは,指導者(インストラクターと管理官)に他ならない。(エ)当事者研究:厚生労働省からベスト・プラクティスと評された「べてるの家」の療育実践は,問題と治療を外注しなかった。「問題を構成するも解消するも私たち次第」とする当事者研究こそ,本調査の目指す姿と言える。(オ)遺伝と環境:ハンドラーにせよ,麻薬探知犬にせよ,遺伝的ポテンシャルを最大にするためには,環境(すなわち教育指導)が高いレベルにあることが欠かせない。新規調査の前提として念頭におかれるべきことがらと言える。(カ)関係論的実践:「風土があるべき職員をつくる」とする管理官の姿勢は,関係論的実践の見地からも適切だと考えられる。個人化されがち(心的帰属されがち)なハンドラーの問題は,常に関係性のなかで問い直されるべきである。
以上の整理を経てなされた具体的提案は,以下2点であった。(ア)インストラクターによるハンドラーへの,また,管理官によるインストラクターへの,ハンドラー1人につき月1回の面談を逐語化し,「技術カルテ」に統合・フィードバックすることで,3者の気づきを促す。「カルテ」はハンドラー相互のミーティングに活用される。(イ)3者がもつ感覚を言語化し,センター内に貼り出すとともに,この意味を問う雑談を恒常的に促すことによって,感覚の自覚化ならびに他者に対する視野拡大をねらう。以上,本提案は本稿執筆現在,着々と進行中であり,会場ではその成果も含めて報告を行う。
全国の税関を対象とした関税法違反事件の取り締まり状況に関する報道発表(平成27年2月20日)によれば,平成26年は,(1)不正薬物の押収量が3年連続で600kgを越え,なかでも(2)覚醒剤の摘発件数・押収量がそれぞれ過去2番目・5番目を記録する危機的な状況にある(財務省HP)。個人と社会に甚大な影響を与えるこれら薬物の乱用について,国は次々と禁止薬物を指定し,とりわけ若年層への啓発活動を強めている(厚生労働省HP)が,それ以前に欠かせないのが,国内流入を未然に防ぐ対策である。このとき期待されるのは,一般にも知られる麻薬探知犬(以下,麻犬)の活躍であり,その育成については一部,動物遺伝学の分野で研究が進行している(吉田,2004)。しかし,麻犬の活躍を学習の成果と見れば,彼らを扱う税関職員(ハンドラー)の力を低く見積もることはできない。ところがハンドラーの成長に関する心理学的研究はなく,税関内でもハンドラーの育成は伝承・蓄積の難しい個人の経験則に負うところが大きかった(対象者インタビューより)。そこで本研究では,言語的実践を核としたハンドラー育成のアクションリサーチを行い,青少年の発達に対する間接的な寄与を目指すとともに,これまで対象化されることのなかった専門職の教授学習過程に対する新たな検討を行う。本稿では,導入が決定された言語的実践の経緯について報告を行う。
方 法
国内にある税関9ヶ所のうちA税関の協力を得て,麻薬探知犬センター(以下センター)に所属するハンドラー(開始当時4名,平均20歳代),インストラクター(2名,平均40歳代),管理官(1名,50歳代)に対する半構造化インタビューを行った。インタビューは20XX年12月の2日間に渡って実施され,平均インタビュー時間は70分であった。「ハンドラーの勘やコツへの貢献として,心理学者に何ができるか」など,用意された12の質問に対する回答はすべて逐語化された。逐語は翌年2月に発話者に戻され,点検(訂正・削除)を受けるとともに,報告に対する了解を得た。
結果と考察
インタビューを根拠に,具体的提案に先駆けてなされた視点の整理は,以下6点に及んだ。なお,具体的発話の掲載は紙面の都合上,省略した。
(ア)言語化の功罪:言葉は思考そのものであり,人のもつ最強の道具でありながら,諸刃の刃というべき側面をもつ。とりわけ(1)言語ないし言語化に対する個人差,(2)言語化と実践の乖離等が,念頭に置かれなければならない。(イ)言語化と脱経験主義:センターでは経験が尊重される。確かに経験ほど学びやすいものはない。しかし,経験から得た知識は必ずしも活用が容易ではない。言語化の実践を,脱経験主義の過程に位置づけ,省察ポイントの明確化に役立てられるとよい。(ウ)対話的指導(宮崎,2009):感覚を言語化(ラベリング)し,他者に開く行為は,内に閉じがちな‘職人’の人間的成長を目指すセンターの目標にも合致する。文字面ではなく,文字に込められたハンドラーの感覚(一見‘誤答’と思われるようなハンドラーの発想。ハンドラーの視線の先)をめぐる対話を展開したい。このとき問われるのは指導者の発問である。言語化が最も求められるのは,指導者(インストラクターと管理官)に他ならない。(エ)当事者研究:厚生労働省からベスト・プラクティスと評された「べてるの家」の療育実践は,問題と治療を外注しなかった。「問題を構成するも解消するも私たち次第」とする当事者研究こそ,本調査の目指す姿と言える。(オ)遺伝と環境:ハンドラーにせよ,麻薬探知犬にせよ,遺伝的ポテンシャルを最大にするためには,環境(すなわち教育指導)が高いレベルにあることが欠かせない。新規調査の前提として念頭におかれるべきことがらと言える。(カ)関係論的実践:「風土があるべき職員をつくる」とする管理官の姿勢は,関係論的実践の見地からも適切だと考えられる。個人化されがち(心的帰属されがち)なハンドラーの問題は,常に関係性のなかで問い直されるべきである。
以上の整理を経てなされた具体的提案は,以下2点であった。(ア)インストラクターによるハンドラーへの,また,管理官によるインストラクターへの,ハンドラー1人につき月1回の面談を逐語化し,「技術カルテ」に統合・フィードバックすることで,3者の気づきを促す。「カルテ」はハンドラー相互のミーティングに活用される。(イ)3者がもつ感覚を言語化し,センター内に貼り出すとともに,この意味を問う雑談を恒常的に促すことによって,感覚の自覚化ならびに他者に対する視野拡大をねらう。以上,本提案は本稿執筆現在,着々と進行中であり,会場ではその成果も含めて報告を行う。