[PD032] 失われた技芸の復活から捉える学習と継承の相違
社会文化的アプローチにおける世代という視座の必要性
キーワード:生成継承性, 社会文化的アプローチ, 技芸の復活
問題と目的
これまで専門家育成において見られる実践を通じた教育は社会分的アプローチ,特に正統的周辺参加(Lave & Wenger, 1991)を中心に研究されてきた(徳舛(2007),山田香・斎藤(2009),西城・錦織・奈良(2012)など)。その後,単一の共同体における学習を捉えるモデルだけでなく,複数の共同体を跨いで行われる学習を捉えるモデルが適され,境界(文脈)横断論が積極的に研究されるようになってきた(香川,2008・2011:有元,2012)。ここまでの社会分的アプローチの流れは単一の共同体における熟達化から複数の共同体間を通じた熟達へという共同体の水平的な移動(Engeström, Y., 1996)を通じた学習を捉える方向へとシフトしてきたと言えよう。しかし,このような社会分的アプローチの流れを考えたときに共同体の先行する世代が伝える知識を後続世代が受け継ぐ際に,どのような状態になったら継承されたと言えるのかという世代と世代の関係性を捉えるような循環を基礎概念に置いたような学習モデルが十分に研究されてこなかった。近年,このような立場から特に生成継承性(Yamada, Y.,2002・2004)という概念を基礎として継承を捉える研究がおこなわれている(竹内,2013・2014)。本研究では一度伝統が途絶えてしまった技芸を対象として,どのように実践者が先行世代を意味づけるのかという観点から実践者の学習のプロセスを明らかにする事で,これまでの学習概念と,継承という言葉に表されるような循環的な学習がどのように異なるのかという事を明らかにする。
方 法
本研究において対象とするのが兵庫県の多可町に現在伝承されている杉原紙である。杉原紙は平安時代から公家や武家に納められてきた由緒ある紙であるが,昭和の初めには途絶えてしまう。しかし,当時の技術を受け継ぐものは誰もいないなかで,昭和45年前後に復興され,現在に至っている。本研究ではこの杉原紙を復活させた職人(A氏:職人としてのキャリアが約40年)とその職人の後継者(B氏:職人としてのキャリアが約10年)を研究協力者として,インタビューを行った。インタビューは杉原紙が漉かれている杉原紙研究所において行い,A氏においてはインフォーマルな場面も含めて3回(計5時間程度),B氏においては1回のインタビュー(1時間半)を行った。分析はそれぞれの協力者ごとにKJ法を行った。
結 果
A氏の先行する世代との関係性に関する意味付けを分析したところ,「連続の断絶に対する合理化」,「自らの役割の認知」,といった項目が抽出された。A氏は京都の黒谷和紙の技術を学び,その技術を杉原紙に使っているという観点から連続性の断絶は認識している。しかし,実際に紙を漉いてみれば杉原紙の最大の特徴である「上品な白さ」という点は明らかであると語る。この上品な白さはこの地域の自然が醸し出すものであり,自然は過去も現在も連続しているという形で関係性としては断絶しているものの,意味付けの上では先行世代と自らを結び付けている。
次に,A氏の後継者として杉原紙に関わっているB氏は「現状の理解と一定の満足」「連続性に関するアイデンティティの不完全性」といった項目が抽出された。B氏もA氏と同様,現状の杉原紙がその特徴である白さは出しているという点で過去と現在を結び付けている。その反面,技術的側面であったり,道具であったりは決して連続しておらず,「いまだに杉原紙は確立したと思っていません」という語りを行っている。
考 察
このように,紙漉きという技術を長く学び,熟練した技術者であったとしても,先行世代との関係性を結びつけるのは容易な作業ではない。杉原紙のケースでいえば,A氏に関しては断絶を結び付けているものの,A氏の後続世代に当たるB氏は杉原紙という存在自体の不完全性を感じている。このように,一度失われた技芸においてはその継承に関する意識が数世代にわたって継続することがある。これまでの社会文化的アプローチでは共同体の関係性や共同体内での発達は十分に焦点があてられてきた。一方で,本研究で示されたような,世代間の関係性や関係性を通じた継承という概念は十分に明らかにされてこなかったテーマと言えよう。継承,即ち循環を基礎概念とする学習を行うことで,今後,先行する世代の伝える技術や知識を受け継ぐという事はどういう事なのかより大きな問題としてクローズアップされると考えられるのである。
これまで専門家育成において見られる実践を通じた教育は社会分的アプローチ,特に正統的周辺参加(Lave & Wenger, 1991)を中心に研究されてきた(徳舛(2007),山田香・斎藤(2009),西城・錦織・奈良(2012)など)。その後,単一の共同体における学習を捉えるモデルだけでなく,複数の共同体を跨いで行われる学習を捉えるモデルが適され,境界(文脈)横断論が積極的に研究されるようになってきた(香川,2008・2011:有元,2012)。ここまでの社会分的アプローチの流れは単一の共同体における熟達化から複数の共同体間を通じた熟達へという共同体の水平的な移動(Engeström, Y., 1996)を通じた学習を捉える方向へとシフトしてきたと言えよう。しかし,このような社会分的アプローチの流れを考えたときに共同体の先行する世代が伝える知識を後続世代が受け継ぐ際に,どのような状態になったら継承されたと言えるのかという世代と世代の関係性を捉えるような循環を基礎概念に置いたような学習モデルが十分に研究されてこなかった。近年,このような立場から特に生成継承性(Yamada, Y.,2002・2004)という概念を基礎として継承を捉える研究がおこなわれている(竹内,2013・2014)。本研究では一度伝統が途絶えてしまった技芸を対象として,どのように実践者が先行世代を意味づけるのかという観点から実践者の学習のプロセスを明らかにする事で,これまでの学習概念と,継承という言葉に表されるような循環的な学習がどのように異なるのかという事を明らかにする。
方 法
本研究において対象とするのが兵庫県の多可町に現在伝承されている杉原紙である。杉原紙は平安時代から公家や武家に納められてきた由緒ある紙であるが,昭和の初めには途絶えてしまう。しかし,当時の技術を受け継ぐものは誰もいないなかで,昭和45年前後に復興され,現在に至っている。本研究ではこの杉原紙を復活させた職人(A氏:職人としてのキャリアが約40年)とその職人の後継者(B氏:職人としてのキャリアが約10年)を研究協力者として,インタビューを行った。インタビューは杉原紙が漉かれている杉原紙研究所において行い,A氏においてはインフォーマルな場面も含めて3回(計5時間程度),B氏においては1回のインタビュー(1時間半)を行った。分析はそれぞれの協力者ごとにKJ法を行った。
結 果
A氏の先行する世代との関係性に関する意味付けを分析したところ,「連続の断絶に対する合理化」,「自らの役割の認知」,といった項目が抽出された。A氏は京都の黒谷和紙の技術を学び,その技術を杉原紙に使っているという観点から連続性の断絶は認識している。しかし,実際に紙を漉いてみれば杉原紙の最大の特徴である「上品な白さ」という点は明らかであると語る。この上品な白さはこの地域の自然が醸し出すものであり,自然は過去も現在も連続しているという形で関係性としては断絶しているものの,意味付けの上では先行世代と自らを結び付けている。
次に,A氏の後継者として杉原紙に関わっているB氏は「現状の理解と一定の満足」「連続性に関するアイデンティティの不完全性」といった項目が抽出された。B氏もA氏と同様,現状の杉原紙がその特徴である白さは出しているという点で過去と現在を結び付けている。その反面,技術的側面であったり,道具であったりは決して連続しておらず,「いまだに杉原紙は確立したと思っていません」という語りを行っている。
考 察
このように,紙漉きという技術を長く学び,熟練した技術者であったとしても,先行世代との関係性を結びつけるのは容易な作業ではない。杉原紙のケースでいえば,A氏に関しては断絶を結び付けているものの,A氏の後続世代に当たるB氏は杉原紙という存在自体の不完全性を感じている。このように,一度失われた技芸においてはその継承に関する意識が数世代にわたって継続することがある。これまでの社会文化的アプローチでは共同体の関係性や共同体内での発達は十分に焦点があてられてきた。一方で,本研究で示されたような,世代間の関係性や関係性を通じた継承という概念は十分に明らかにされてこなかったテーマと言えよう。継承,即ち循環を基礎概念とする学習を行うことで,今後,先行する世代の伝える技術や知識を受け継ぐという事はどういう事なのかより大きな問題としてクローズアップされると考えられるのである。