[PF15] 保育士の言葉がけに見られるフレーミング方略
保育場面の談話分析から
Keywords:保育士, 言葉がけ, フレーミング
背景と目的
保育者は場面や状況に応じた言葉がけを選ぶことで,子どもの意欲を引き出し,あるいは行動を制止して,子どもの自己制御機能の発達を促している。自己制御に関する理論(Higgins, 1997)によると,自己制御にはポジティブな結果の達成を目指す志向性(促進焦点)とネガティブな結果の回避を目指す志向性(予防焦点)があり,これら2つの自己制御機能が幼児期の養育者との関わりの中で育まれるとされている。そこで,子どもへの言葉がけが2つの自己制御機能にどう結びつくか対応づけてみると,例えば「ご飯を残さず食べて大きくなる」ことを目指す言葉がけは促進焦点に分類でき,「歯磨きをして虫歯を予防する」ことを目指す言葉がけは予防焦点に分類できる。
Sasaki & Hayashi(2015)は,ポジティブに表現するかネガティブに表現するかによってメッセージの説得力が変わるというフレーミング現象に着目し,幼児の親や保育者が促進焦点場面では望ましい結果を提示するポジティブ表現(お昼寝をしたら,元気になれるよ)を好み,予防焦点場面では望ましくない結果を提示するネガティブ表現(手を洗わないと,バイ菌が取れないよ)を選択することを見出した(この関係性を制御適合と呼ぶ)。さらにSasaki & Hayashi(2016)は,保育者が保育の経験を重ねるほどポジティブ表現を選ぶようになり,幼児の親は対照的に子育ての経験を重ねるほどネガティブ表現を選ぶようになるという結果を報告している。
以上の知見は質問紙法により得られたものであるため,本研究では実際の保育場面で同様のフレーミング方略が採られているか確認する。
方 法
調査対象:新潟県内の保育園に勤務する保育士11名(保育経験年数2~40年)。
調査期間:2015年1~3月。
記録方法:保育士のエプロンにピンマイクを装着し,午前中の約2時間の発話をICレコーダーで録音した。同時に,発話状況の把握のため,保育の様子をハンディカメラで撮影した。
分析方法:子どもの行動を促す,あるいは制止する言葉がけの中から,ポジティブ表現とネガティブ表現の両表現が可能な発話文を抽出し,各発話についてフレーミング方略(ポジティブ表現・ネガティブ表現)と自己制御焦点(促進焦点・予防焦点)をコード化した。収集された発話の分析例をあげると,「つまずいて転んじゃうからさぁ,これ片づけないと」という発話は“転んじゃう”という表現からネガティブ表現に分類されるが,発話の意味内容を変えずに「つまずいて転ばないように,これ片づけないと」というポジティブ表現に置き換えることもできる。また,この言葉がけは,転ぶというネガティブな結果の回避を目標としているため,予防焦点に分類することができる。
結果と考察
Sasaki & Hayashi(2015)が報告したように,予防焦点場面ではネガティブ表現が使われ,促進焦点場面ではポジティブ表現が使われるという制御適合の関係性が,実際の保育中の言葉がけにも確認できた(Table 1)。ただし,その言葉がけの大半が肯定文であるため,この結果については,遠まわしな否定表現ではなくより自然な発話が表出されていると説明することも可能である。
促進焦点に比べて予防焦点の方が多い理由は,保育内容,人員配置等の多様な要因が関係していると考えられるため,保育士の言葉がけがネガティブな表現に偏るというような一般化はできない。また,経験年数に伴うフレーミング方略の変化(Sasaki & Hayashi, 2016)や担当クラスの年齢によるフレーミング方略の差異は認められなかった。
保育者は場面や状況に応じた言葉がけを選ぶことで,子どもの意欲を引き出し,あるいは行動を制止して,子どもの自己制御機能の発達を促している。自己制御に関する理論(Higgins, 1997)によると,自己制御にはポジティブな結果の達成を目指す志向性(促進焦点)とネガティブな結果の回避を目指す志向性(予防焦点)があり,これら2つの自己制御機能が幼児期の養育者との関わりの中で育まれるとされている。そこで,子どもへの言葉がけが2つの自己制御機能にどう結びつくか対応づけてみると,例えば「ご飯を残さず食べて大きくなる」ことを目指す言葉がけは促進焦点に分類でき,「歯磨きをして虫歯を予防する」ことを目指す言葉がけは予防焦点に分類できる。
Sasaki & Hayashi(2015)は,ポジティブに表現するかネガティブに表現するかによってメッセージの説得力が変わるというフレーミング現象に着目し,幼児の親や保育者が促進焦点場面では望ましい結果を提示するポジティブ表現(お昼寝をしたら,元気になれるよ)を好み,予防焦点場面では望ましくない結果を提示するネガティブ表現(手を洗わないと,バイ菌が取れないよ)を選択することを見出した(この関係性を制御適合と呼ぶ)。さらにSasaki & Hayashi(2016)は,保育者が保育の経験を重ねるほどポジティブ表現を選ぶようになり,幼児の親は対照的に子育ての経験を重ねるほどネガティブ表現を選ぶようになるという結果を報告している。
以上の知見は質問紙法により得られたものであるため,本研究では実際の保育場面で同様のフレーミング方略が採られているか確認する。
方 法
調査対象:新潟県内の保育園に勤務する保育士11名(保育経験年数2~40年)。
調査期間:2015年1~3月。
記録方法:保育士のエプロンにピンマイクを装着し,午前中の約2時間の発話をICレコーダーで録音した。同時に,発話状況の把握のため,保育の様子をハンディカメラで撮影した。
分析方法:子どもの行動を促す,あるいは制止する言葉がけの中から,ポジティブ表現とネガティブ表現の両表現が可能な発話文を抽出し,各発話についてフレーミング方略(ポジティブ表現・ネガティブ表現)と自己制御焦点(促進焦点・予防焦点)をコード化した。収集された発話の分析例をあげると,「つまずいて転んじゃうからさぁ,これ片づけないと」という発話は“転んじゃう”という表現からネガティブ表現に分類されるが,発話の意味内容を変えずに「つまずいて転ばないように,これ片づけないと」というポジティブ表現に置き換えることもできる。また,この言葉がけは,転ぶというネガティブな結果の回避を目標としているため,予防焦点に分類することができる。
結果と考察
Sasaki & Hayashi(2015)が報告したように,予防焦点場面ではネガティブ表現が使われ,促進焦点場面ではポジティブ表現が使われるという制御適合の関係性が,実際の保育中の言葉がけにも確認できた(Table 1)。ただし,その言葉がけの大半が肯定文であるため,この結果については,遠まわしな否定表現ではなくより自然な発話が表出されていると説明することも可能である。
促進焦点に比べて予防焦点の方が多い理由は,保育内容,人員配置等の多様な要因が関係していると考えられるため,保育士の言葉がけがネガティブな表現に偏るというような一般化はできない。また,経験年数に伴うフレーミング方略の変化(Sasaki & Hayashi, 2016)や担当クラスの年齢によるフレーミング方略の差異は認められなかった。