[PA17] Scratch-Build概念マップとKit-Build概念マップからみた知識内容の変化の類型
Kit-Build概念マップ一致率・レポート評価との関連
キーワード:概念マップの評価, 概念マップの変化
問題と目的
学習者の知識内容・構造を把握する手段の一つとして概念マップがある(Novak & Gowin, 1984)。Scratch-Build概念マップ(以下,「SB」)では,学習者があるテーマの下に自由に概念マップを描く。一方,Kit-Build概念マップ(以下,「KB」)では授業者が授業前に授業内容の要点をまとめた要点マップを作成する。授業後に要点マップに描かれた概念とリンク(以下,「KB概念・KBリンク」)が断片化されて学習者に提示され,学習者は授業内容に基づいてこれらの概念とリンクを再構成した学習者マップを作成する(Hirashima et al., 2015)。
KBでは要点マップと学習者マップの一致率が高いほど,授業者が伝達したかった授業内容を学習者が受容したと判断される。SBの評価方法はいくつか提案されているが(田口・松下,2015など),宇井他(印刷中)はKB概念・KBリンクを授業で得られる知識とみなし,SBへの取り込まれ方を検討することで,学習者の知識内容の変化を捉えることを試みている。宇井他(印刷中)は4回作成されたSBを分析し,知識内容とKB一致率やレポート評価との間が一部関連することを明らかにした。ただし,宇井他(印刷中)は全体傾向しか分析しておらず,個人差を考慮していなかった。そこで,本研究では学習者の知識内容の変化の個人差を類型化して把握し,KB一致率やレポート評価との関連を検討することとする。
方 法
分析対象者 貧困とその支援をテーマとし,アカデミックな授業,支援者による授業,フィールドワークの3部から構成されるオムニバス式授業の2016年受講生14名。
調査手続き SB,宗教学,KB(宗教学),社会学,KB(社会学),SB,支援者A,支援者B,フィールドワーク,SB,法学,KB(法学),倫理学,KB(倫理学),SBの順に授業や概念マップが実施・作成された。SBは4回実施し,貧困とその支援をテーマとして,支援者やフィールドワークの授業内容を基に,受講生が自由に概念・リンクを作成した。同時に,当該SBの前に実施されたKBのKB概念・KBリンクも提示され,必要があれば用いるように指示された。各授業後には1000字程度のレポートが課された。
分析項目 SBでは描かれた2つの概念とリンクから構成される命題をすべて抽出した。KBは一致率を,レポート評価は授業担当者の評価(20点満点)を,それぞれ用いた。なお,これらの分析項目を研究に使用すること,また研究結果は授業の成績に影響しないことを授業の初回に受講生に伝え,了承を得た。
結 果
SBの命題の分類 宇井他(印刷中)の手順と同様に,SBの命題を,(1)2つの概念とも受講生が独自に作成,(2)1つの概念は独自に作成,1つはKB概念,(3)2つの概念とも同一の要点マップに由来するKB概念,(4)2つの概念が異なる要点マップに由来するKB概念,(5)2つの概念とリンクのすべてがいずれかの要点マップの命題と一致,の5つのカテゴリーに分類した。
知識構造の変化の類型化 それぞれのSBに描かれた命題のカテゴリーの比率を,受講生ごとに算出した後,SBのすべての回のカテゴリーの比率に対して,クラスター分析(K-means法)を行い,受講生を分類した。その結果,(A)全カテゴリーを平均的に作成(8名),(B)2つの概念とも独自作成する第1カテゴリーの命題を多く作成(3名),(C)SBの回数を経るほどに要点マップの命題と完全に一致する第5カテゴリーの命題の比率が増加(3名),の3クラスターが抽出された。
類型別にみたKB一致率とレポート評価 クラスターを独立変数とし,KB一致率やレポート評価を従属変数とする一要因の分散分析を行った結果,法学のレポート評価で有意差が見られ(F(2,11)=4.71,p=.03,ηp2=0.461),(C)は(B)よりも得点が低かった(Holm法)。
考 察
以上より,授業の後半に要点マップの命題と完全に一致する命題を増加させる受講生は,法学のレポート評価が低いことが明らかになった。法学のレポート課題は授業内容の要約とそれに対する自分の意見を求めるものであった。そのため,レポート評価を高めるためには,授業内容をそのまま受容することに加えて,新たな概念を作成する過程が必要であった可能性がある。
ただし,法学のレポート評価以外のKB一致率やレポート評価では,クラスターによる違いは見られなかった。このような結果が見られた理由には大きく次の2つの可能性がある。第一は,本研究の分析方法の問題である。分析対象者が少ないことにより,知識内容の変化を適切に類型化できなかった,あるいは類型化の手法自体が適切でなかったために,KB一致率やレポート評価との関連が見られなかった可能性である。第二は,KB一致率やレポート評価の高さに結び付く知識内容の変化の仕方は複数存在するという可能性である。
さらに,KB一致率が高い,すなわち授業内容を受容しながらも,SBにおいて独自概念を作成する場合や,授業内容を受容せずに,SBにおいて独自概念を作成する場合などのように,学習者の知識内容の変化をSBだけではなくKBなども含めて多角的に検討していく必要がある。
付 記
本研究は,JSPS科研費JP25350295の助成を受けた。
学習者の知識内容・構造を把握する手段の一つとして概念マップがある(Novak & Gowin, 1984)。Scratch-Build概念マップ(以下,「SB」)では,学習者があるテーマの下に自由に概念マップを描く。一方,Kit-Build概念マップ(以下,「KB」)では授業者が授業前に授業内容の要点をまとめた要点マップを作成する。授業後に要点マップに描かれた概念とリンク(以下,「KB概念・KBリンク」)が断片化されて学習者に提示され,学習者は授業内容に基づいてこれらの概念とリンクを再構成した学習者マップを作成する(Hirashima et al., 2015)。
KBでは要点マップと学習者マップの一致率が高いほど,授業者が伝達したかった授業内容を学習者が受容したと判断される。SBの評価方法はいくつか提案されているが(田口・松下,2015など),宇井他(印刷中)はKB概念・KBリンクを授業で得られる知識とみなし,SBへの取り込まれ方を検討することで,学習者の知識内容の変化を捉えることを試みている。宇井他(印刷中)は4回作成されたSBを分析し,知識内容とKB一致率やレポート評価との間が一部関連することを明らかにした。ただし,宇井他(印刷中)は全体傾向しか分析しておらず,個人差を考慮していなかった。そこで,本研究では学習者の知識内容の変化の個人差を類型化して把握し,KB一致率やレポート評価との関連を検討することとする。
方 法
分析対象者 貧困とその支援をテーマとし,アカデミックな授業,支援者による授業,フィールドワークの3部から構成されるオムニバス式授業の2016年受講生14名。
調査手続き SB,宗教学,KB(宗教学),社会学,KB(社会学),SB,支援者A,支援者B,フィールドワーク,SB,法学,KB(法学),倫理学,KB(倫理学),SBの順に授業や概念マップが実施・作成された。SBは4回実施し,貧困とその支援をテーマとして,支援者やフィールドワークの授業内容を基に,受講生が自由に概念・リンクを作成した。同時に,当該SBの前に実施されたKBのKB概念・KBリンクも提示され,必要があれば用いるように指示された。各授業後には1000字程度のレポートが課された。
分析項目 SBでは描かれた2つの概念とリンクから構成される命題をすべて抽出した。KBは一致率を,レポート評価は授業担当者の評価(20点満点)を,それぞれ用いた。なお,これらの分析項目を研究に使用すること,また研究結果は授業の成績に影響しないことを授業の初回に受講生に伝え,了承を得た。
結 果
SBの命題の分類 宇井他(印刷中)の手順と同様に,SBの命題を,(1)2つの概念とも受講生が独自に作成,(2)1つの概念は独自に作成,1つはKB概念,(3)2つの概念とも同一の要点マップに由来するKB概念,(4)2つの概念が異なる要点マップに由来するKB概念,(5)2つの概念とリンクのすべてがいずれかの要点マップの命題と一致,の5つのカテゴリーに分類した。
知識構造の変化の類型化 それぞれのSBに描かれた命題のカテゴリーの比率を,受講生ごとに算出した後,SBのすべての回のカテゴリーの比率に対して,クラスター分析(K-means法)を行い,受講生を分類した。その結果,(A)全カテゴリーを平均的に作成(8名),(B)2つの概念とも独自作成する第1カテゴリーの命題を多く作成(3名),(C)SBの回数を経るほどに要点マップの命題と完全に一致する第5カテゴリーの命題の比率が増加(3名),の3クラスターが抽出された。
類型別にみたKB一致率とレポート評価 クラスターを独立変数とし,KB一致率やレポート評価を従属変数とする一要因の分散分析を行った結果,法学のレポート評価で有意差が見られ(F(2,11)=4.71,p=.03,ηp2=0.461),(C)は(B)よりも得点が低かった(Holm法)。
考 察
以上より,授業の後半に要点マップの命題と完全に一致する命題を増加させる受講生は,法学のレポート評価が低いことが明らかになった。法学のレポート課題は授業内容の要約とそれに対する自分の意見を求めるものであった。そのため,レポート評価を高めるためには,授業内容をそのまま受容することに加えて,新たな概念を作成する過程が必要であった可能性がある。
ただし,法学のレポート評価以外のKB一致率やレポート評価では,クラスターによる違いは見られなかった。このような結果が見られた理由には大きく次の2つの可能性がある。第一は,本研究の分析方法の問題である。分析対象者が少ないことにより,知識内容の変化を適切に類型化できなかった,あるいは類型化の手法自体が適切でなかったために,KB一致率やレポート評価との関連が見られなかった可能性である。第二は,KB一致率やレポート評価の高さに結び付く知識内容の変化の仕方は複数存在するという可能性である。
さらに,KB一致率が高い,すなわち授業内容を受容しながらも,SBにおいて独自概念を作成する場合や,授業内容を受容せずに,SBにおいて独自概念を作成する場合などのように,学習者の知識内容の変化をSBだけではなくKBなども含めて多角的に検討していく必要がある。
付 記
本研究は,JSPS科研費JP25350295の助成を受けた。