[PB52] 児童養護施設職員における自身の親との葛藤経験が職務遂行に及ぼす影響の検討
キーワード:援助者の葛藤, 援助者支援, 対処方略
目 的
本研究は,児童養護施設職員を対象に,入所児童との関わりの中で引き出される職員自身の親との葛藤経験が入所児童への対応にどのような影響を及ぼしているのか,また,その影響によって対応に問題が生じてしまわないよう,どのような対処方略を取っているのかを明らかにすることを目的とした。
方 法
平成29年8月から,都内の児童養護施設1施設の直接処遇職員(児童指導員及び保育士)を対象とし,半構造化面接調査を実施した。調査協力者は4名(男性1名,女性3名)であり,分析には大谷(2008)が開発したSCAT (Steps for Coding and Theorization) を援用した。尚,本調査は東京学芸大学の研究倫理委員会の承認(受付番号225)を得て実施された。
結果と考察
個々の事例を検討した結果,職員は自身の親との葛藤経験により,入所児童と関わる際に愛着の内的作業モデルによる困り感や共感疲労,逆転移,自己の価値観や感情に対する葛藤が生じる場合があることが示された。次に,職員自身の親との葛藤経験の内容に着目し,事例のケース分けを行った。その結果,ケースⅠ「暴力を振るわれた経験」,ケースⅡ「甘えの欲求不満経験」となった。
ケースⅠの葛藤経験における特徴は,職員が自身の家庭環境について困難なものであったと認識し,当時の親の養育態度に対して強いネガティブ感情を抱いていたことである。一方,ケースⅡは葛藤経験を認識しておらず,当時の親の養育態度に対して強いネガティブ感情を抱いていなかった。これらの葛藤経験に対する認識の違いは,職員の入所児童への関わりに影響を及ぼしていた。ケースⅠは入所児童との関わりにおいて,「自分も自身の親のような言動をしてしまうのではないか」といった不安や恐れを抱いていた。これは,葛藤経験を認識していなかったケースⅡでは起こり得ない感情だと考えられる。さらに,ケースⅠでは葛藤経験を認識していたため,援助対象者を通じて未解決の課題を解決しようとする無意識の反応,逆転移に気付くことができていた,もしくは逆転移を防ぐことができていた。これに対し,ケースⅡはそもそも葛藤経験を認識していなかったため,自己の課題や葛藤に気付くことが難しかった。
これらに加え,入所児童との関わりにおいて生じる職員自身の感情についても,ケースⅠでは不安や恐れ,悲しみ,苦しみといった感情,ケースⅡでは苛立ち,拒絶といった感情と,ケースによる相違があった。ケースⅠは親が暴力を振るうという家庭環境で育ったため,親に恐怖を感じた経験や暴力を辛く感じた経験,自己否定感情を抱いた経験がある。その葛藤経験時に生じた感情が入所児童との関わりにおいて引き出されるため,暴力に対する恐れや自分自身に対する不安等の否定感情が生じたと考えられる。入所児童に対しては葛藤経験時の自分を重ねるため,「満たしてあげたい」,「自分のような苦しみは味わわせたくない」という援助欲求が生じる場合もあった。また,「自分自身はこうやって乗り越えたから」という思いや,自分と重なる入所児童への苦手意識等,ネガティブ感情が生じる場合もあったが,これらは非攻撃的な感情だと言える。対してケースⅡは甘えが十分に満たされなかったという背景があるため,甘えることができる他者に対する妬みや,甘える自分に対する苛立ちを感じた経験がある。よって,妬み感情や苛立ち感情といった攻撃的なネガティブ感情が生じたと考えられる。
対処方略としては,研修や他の職員による指導における援助者としての技術の習得及び自己覚知,他者による仕事上の辛さ・きつさの受容,他の職員との連携等が語りから得られた。また,職員が自身の親との葛藤経験を有していても,これらの対処方略を組み合わせながら援助者としての経験を積み重ねることによって,自己に対する否定的な認知や感情を変えることができることが示された。
付 記
本研究は,東京学芸大学教育心理学講座で2018年3月に提出した卒業論文の内容に,加筆修正を行ったものである。
本研究は,児童養護施設職員を対象に,入所児童との関わりの中で引き出される職員自身の親との葛藤経験が入所児童への対応にどのような影響を及ぼしているのか,また,その影響によって対応に問題が生じてしまわないよう,どのような対処方略を取っているのかを明らかにすることを目的とした。
方 法
平成29年8月から,都内の児童養護施設1施設の直接処遇職員(児童指導員及び保育士)を対象とし,半構造化面接調査を実施した。調査協力者は4名(男性1名,女性3名)であり,分析には大谷(2008)が開発したSCAT (Steps for Coding and Theorization) を援用した。尚,本調査は東京学芸大学の研究倫理委員会の承認(受付番号225)を得て実施された。
結果と考察
個々の事例を検討した結果,職員は自身の親との葛藤経験により,入所児童と関わる際に愛着の内的作業モデルによる困り感や共感疲労,逆転移,自己の価値観や感情に対する葛藤が生じる場合があることが示された。次に,職員自身の親との葛藤経験の内容に着目し,事例のケース分けを行った。その結果,ケースⅠ「暴力を振るわれた経験」,ケースⅡ「甘えの欲求不満経験」となった。
ケースⅠの葛藤経験における特徴は,職員が自身の家庭環境について困難なものであったと認識し,当時の親の養育態度に対して強いネガティブ感情を抱いていたことである。一方,ケースⅡは葛藤経験を認識しておらず,当時の親の養育態度に対して強いネガティブ感情を抱いていなかった。これらの葛藤経験に対する認識の違いは,職員の入所児童への関わりに影響を及ぼしていた。ケースⅠは入所児童との関わりにおいて,「自分も自身の親のような言動をしてしまうのではないか」といった不安や恐れを抱いていた。これは,葛藤経験を認識していなかったケースⅡでは起こり得ない感情だと考えられる。さらに,ケースⅠでは葛藤経験を認識していたため,援助対象者を通じて未解決の課題を解決しようとする無意識の反応,逆転移に気付くことができていた,もしくは逆転移を防ぐことができていた。これに対し,ケースⅡはそもそも葛藤経験を認識していなかったため,自己の課題や葛藤に気付くことが難しかった。
これらに加え,入所児童との関わりにおいて生じる職員自身の感情についても,ケースⅠでは不安や恐れ,悲しみ,苦しみといった感情,ケースⅡでは苛立ち,拒絶といった感情と,ケースによる相違があった。ケースⅠは親が暴力を振るうという家庭環境で育ったため,親に恐怖を感じた経験や暴力を辛く感じた経験,自己否定感情を抱いた経験がある。その葛藤経験時に生じた感情が入所児童との関わりにおいて引き出されるため,暴力に対する恐れや自分自身に対する不安等の否定感情が生じたと考えられる。入所児童に対しては葛藤経験時の自分を重ねるため,「満たしてあげたい」,「自分のような苦しみは味わわせたくない」という援助欲求が生じる場合もあった。また,「自分自身はこうやって乗り越えたから」という思いや,自分と重なる入所児童への苦手意識等,ネガティブ感情が生じる場合もあったが,これらは非攻撃的な感情だと言える。対してケースⅡは甘えが十分に満たされなかったという背景があるため,甘えることができる他者に対する妬みや,甘える自分に対する苛立ちを感じた経験がある。よって,妬み感情や苛立ち感情といった攻撃的なネガティブ感情が生じたと考えられる。
対処方略としては,研修や他の職員による指導における援助者としての技術の習得及び自己覚知,他者による仕事上の辛さ・きつさの受容,他の職員との連携等が語りから得られた。また,職員が自身の親との葛藤経験を有していても,これらの対処方略を組み合わせながら援助者としての経験を積み重ねることによって,自己に対する否定的な認知や感情を変えることができることが示された。
付 記
本研究は,東京学芸大学教育心理学講座で2018年3月に提出した卒業論文の内容に,加筆修正を行ったものである。