日本地質学会第129年学術大会

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シンポジウム

S2.[シンポ]人新世における地質学:年代境界・物質境界研究のフロンティア(一般公募なし)

[2oral213-27] S2.[シンポ]人新世における地質学:年代境界・物質境界研究のフロンティア(一般公募なし)

2022年9月5日(月) 13:30 〜 17:45 口頭第2会場 (14号館101教室)

座長:磯崎 行雄(東京大学)、川幡 穂高(早稲田大学理工学術院,東京大学大気海洋研究所 )、黒柳 あずみ(東北大学)

14:45 〜 15:00

[S2-O-6] 地質学が担う将来の地球環境:海洋酸性化と有孔虫

*黒柳 あずみ1 (1. 東北大学)

キーワード:海洋酸性化、有孔虫、温暖化

人類活動起源による大気中の二酸化炭素濃度の増大により,海洋酸性化が急激に進行している.産業革命以降,pHは既に0.1以上低下しており,今世紀末までに海水pHは現在の8.05 (SWS)から8.0 (SSP1)〜7.7 (SSP5) 以下まで減少することが予想されている(IPCC, 2021).この海水のpH低下により,炭酸カルシウムの飽和度が減少するため,海洋の炭素固定を担う石灰化生物にとって,多大な脅威となることが様々な研究結果より指摘されている(Kawahata et al., 2019).さらに,温暖化による海水温上昇により,共生藻の光合成が阻害されるなど,その影響はさらに加速されることが予想される(Kroeker et al., 2013).
地質学において有孔虫は,年代決定に用いられるとともに,炭酸塩の殻に生息当時の環境を記録するため,環境推定にも広く用いられている.現在の海洋において,浮遊性有孔虫は外洋炭酸塩生産の23-56%,海洋表層から海底への炭素フラックスの32−80%を担う(Schiebel, 2002).そのため,有孔虫の炭酸塩殻生産量が環境によりどのように変化するのかを検証することは,将来の地球上の炭素循環や炭素収支を考える上で,重要である.
将来の海洋酸性化が有孔虫の炭酸塩殻形成に及ぼす影響を検証するため,サンゴ礁棲大型底生有孔虫を異なるpH環境下で10週間飼育した.飼育に用いたのは,無性生殖後のAmphisorus kudakajimensisの122個体で,アラゴナイトより溶解しやすいHigh-Mg calciteの殻を形成する.飼育の結果,検証された pH 7.7– 8.3 (NBS scale) の範囲では、石灰化率は、pHの減少とともに低下する傾向を示した.よって産業革命以降,自然界では既に有孔虫石灰化量が減少していることを示唆している.一方で,pH 7.9 (pH 7.74, SWS) までの範囲であれば,現在の石灰化レベルを維持可能であるが,日常的にpH 7.7 (pH 7.54, SWS)付近まで下降した場合には、サンゴ礁域の大型底生有孔虫にとって大きな打撃を受けることになる可能性が大きい(Kuroyanagi et al., 2009).炭酸塩殻への詳細な影響についてさらに検証するため,マイクロX線CTを用いて,1µm以下の解像度で前述の有孔虫殻の体積を測定した.その結果,pHの減少に伴い,有孔虫殻の体積および密度の両方が減少していることが明らかになった.つまり,pHが 7.7 (NBS scale)まで減少した場合,体積と密度はそれぞれ35%および15%減少し,殻重量としては45%と半減することが明らかとなった(Kuroyanagi et al., 2021).また前述の通り,海洋酸性化とともに海洋温暖化も重要な懸念事項となっている.将来の水温上昇への影響を検証するため,水温を変化させた飼育実験では,殻の体積は変化する一方で,密度は変化しないことが明らかとなった(Kinoshita et al., 2021).飼育水温が,最適水温である25°Cから,29°Cへ上昇すると大型底生有孔虫Sorites orbiculusの殻重量は28%低下した.以上から,IPCCのSSP5では,海洋酸性化と温暖化により,世界の海洋の中で最も感受性の低いとされる熱帯域でも,今世紀末にはサンゴ礁有孔虫の炭酸塩生産量(現在の年間炭酸塩生産量; 4300万トン)に大きな影響を与えることが示唆される.これらの飼育実験結果に加え,地質時代のPETMのような,急激な海洋酸性化や温暖化の時期に起きた生物応答は,これからの地球環境予測の貴重な判断材料となる.地質学的データを基に,今後の地球環境変遷についての考察を深めていくことが期待される.

References
Kawahata et al.(2019) Prog Earth Planet Sci. 6, 5
Kinoshita et al.(2021) Mar. Micropaleontol. 163, 101960
Kroeker et al. (2010) Ecology Letters 13,1419–1434
Kuroyanagi. et al. (2009) Mar. Micropaleontol. 73, 190–195
Kuroyanagi et al. (2021) Scientific Reports 11, 19988
Schiebel (2002) Global Biogeochemical Cycles 16, 1065