日本地質学会第129年学術大会

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シンポジウム

S2.[シンポ]人新世における地質学:年代境界・物質境界研究のフロンティア(一般公募なし)

[2oral213-27] S2.[シンポ]人新世における地質学:年代境界・物質境界研究のフロンティア(一般公募なし)

2022年9月5日(月) 13:30 〜 17:45 口頭第2会場 (14号館101教室)

座長:磯崎 行雄(東京大学)、川幡 穂高(早稲田大学理工学術院,東京大学大気海洋研究所 )、黒柳 あずみ(東北大学)

16:30 〜 16:45

[S2-O-12] 酸素と有機物の「境界」ならぬ「狭間」:エネルギーという観点からみた光合成と大気海洋の酸化史

*斎藤 誠史1 (1. 東京大学)

キーワード:大気・海洋系、酸化史、酸素発生型光合成、エネルギー

好気性細菌や後生動物が行う好気呼吸に不可欠な分子酸素は、シアノバクテリアやこれに由来する葉緑体が行う酸素発生型光合成によって生成し、地球史における地球と生命の共進化の象徴として理解されてきた(Lyons et al., 2014など)。大気海洋の酸化史については数多の先行研究の集積があり、この中で重要な役割を担ってきた酸素発生型光合成はシアノバクテリアの誕生とともに開始されたと考えられている。この開始時期の推定には幅があるが、地質記録からは約30-27億年前と考えられている(Planavsky et al., 2014など)。
 光合成の本質は、標準状態にて安定な二酸化炭素と水からより不安定な有機物と分子酸素の対をつくることによって、太陽エネルギーの一部を化学エネルギーとして保存することである。好気呼吸では、有機物と分子酸素の間の酸化還元反応を行うことによってこのエネルギーを解放し、その一部を使ってATPを合成する。化石燃料の燃焼も同様で、解放されたエネルギーの一部を車や蒸気機関車の運動エネルギーや電気的なエネルギーに変換している。このようにして解放されたエネルギーは、地球表層のエネルギー循環に取り込まれ、最終的には赤外線として宇宙空間へ放射される。
 エネルギーという観点からみると、大気海洋の酸化史とは、光合成によって地球史を通じて保存されてきた太陽エネルギーの「一つの側面」と理解される。現在の大気には20.95%の分子酸素が含まれるが、これはすなわち、地球史を通じて(少なくとも)これに相当する量の有機物が埋没し、そしてこれに相当する量の太陽エネルギーが地球に保存されてきたということに他ならない。しかしこれまでに、具体的にどれほどの量の太陽エネルギーが光合成を介して地球に保存されてきたかを定量的に見積もった例は多くない。
 そこで本発表ではこちらを試みる。すなわち、現在の地球の大気海洋に存在する分子酸素に相当する量として、どれほどの太陽エネルギーがこれまでに光合成を介して保存されてきたかを近似的に見積もる。このために二つの量を算出する。1つ目は、光合成を介して単位モルあたりの反応で保存される化学エネルギーの量である。こちらは光合成で生成される有機物をグルコースと仮定し、この燃焼熱に基づいて近似的に算出する。2つ目は、現在の大気海洋に存在する分子酸素の総量である。大気海洋(およびオゾン層)に存在する分子酸素(相当)量からは、大気が分子酸素の主要なリザーバーであることが分かるが、この大気海洋間の偏った分子酸素の分配はヘンリーの法則によって部分的に理解される。以上に基づいて、現在の地球の大気海洋に存在する分子酸素に相当する量として、これまでに光合成を介して保存されてきたエネルギーの総量を見積もる。この見積もりはいくつかの仮定を含む近似的なものであるが、この量の大まかな感覚をつかむために、現在の地球表層における太陽エネルギーの年間の収支との比較を行う。
 また大気海洋に存在する分子酸素の総量からは、これに相当する形で地球史を通じて埋没してきた有機炭素の総量も見積もられる。こちらと、現存する化石燃料の確認埋蔵量や(Friedlingstein et al., 2022など)、岩石圏に存在するケロジェンの総量の推定値などとの比較から(Falkowski et al., 2000など)、有機物の埋没の歴史について考察する。本発表は、大気海洋の酸化史という古くから注目されてきたトピックについて、最新の話題を提供するものではないが、そのエネルギーという側面に光を当てようとする試みである。

引用文献
Lyons et al. (2014) Nature, 506, 307-315.
Planavsky et al. (2014) Nature Geosci., 7, 283-286.
Friedlingstein et al. (2022) Earth Syst. Sci. Data, 14, 1917-2005.
Falkowski et al. (2000) Science, 290, 291-296.