10:30 〜 10:45
[T11-O-14] 非デルタ性海進期における下流域沖積系のモルフォダイナミクス: オート層序学理論及び水槽実験
【ハイライト講演】
世話人よりハイライトの紹介:本講演では,発表者らが長年突き詰めてきたオート層序学の理論的考察と水槽実験を組み合わせることで,海水準上昇期における河川性デルタの形状変化の過程を報告する.地球温暖化に伴う世界的な海水準上昇が危惧される中,人間活動の主要な場である河川性デルタが今後どのような状況を迎えるのかを我々が考える1つの手がかりとなることが期待される.※ハイライトとは
キーワード:オート層序学、海水準上昇 、河川デルタ、沖積チャネル、動的平衡、非平衡応答
海水準上昇のもとで成長過程にある下流域沖積系にはデルタ堆積作用を持続することのできる面積の限界Acrtが存在する.海水準上昇開始前までにAcrtを十分に超えている沖積-デルタの場合,上昇開始と同時に非デルタ性海進沖積系に遷移する.これらはオート層序学の基礎的知見であるが(Muto, Steel & Swenson, 2007 JSR),この海進のもとでの沖積系を支配するモルフォダイナミクスについて.理論的考察をさらに進め,水槽実験で検証してみた.
相対的海水準(もしくは基準面)の上昇速度Rblr,上流側からの堆積物供給速度Qs(体積/時間)とすると,オート層序学的長さスケールはΛ3D = (Qs/Rblr)1/2で与えられる.AcrtはΛ3Dの2乗におおよそ等しい(Acrt ~ Λ3D2)ことから,下流域沖積系の面積AをΛ3D2で無次元化(A* = A/Λ3D2)して扱えば,同様に,Acrt* = Acrt/Λ3D2 ~1となる.海水準上昇に先立って下流域沖積系がAcrtを大幅に超えてデルタを成長させていたならば(A* >>1),上昇開始とともに非デルタ性海進が必然的に起こる.この海進のもとで沖積系は縮小し続け,その面積はAcrtへ漸近していく(A* → 1).Qsが時間的に不変であるならば,沖積系全体の埋積速度Ragg_overallはAと反比例の関係にある.Ragg_overallをRblrで無次元化したRagg_overall*(= Ragg_overall/Rblr)はA*-1に等しい.縮小し続ける沖積系は,最終的に,A* (~ 1)とRagg_overall* (~ 1)が変化しなくなるモルフォダイナミクス上の平衡状態に到達する.沖積系面積の一部を占めるに過ぎない沖積チャネルの埋積速度Ragg_channelはRagg_overallよりも格段に大きな値をとりうる.Ragg_overall*が1へ漸近する過程で,Ragg_channel*は1を超えて増大しうる.すなわち,沖積チャネルは氾濫やアバルジョンを生じやすくなり,一層不安定化する.
長崎大学のマルジ系実験水槽を使用して,全8ランの実験シリーズを実行した.この実験シリーズでは,基盤地形,初期水深,初期堆積地形(静止水位のもとで生成したデルタ)のサイズAo(>> Λ3D2),堆積試料,Qs,水流量Qwを,全ランを通じて固定し,水位上昇速度Rblrだけをラン毎に変えた.実験結果およびチャネルマッピングを含む解析結果は次のように要約される.(1)水位上昇開始とともに,それまでのデルタ性海退が非デルタ性海進に転換した.(2)海進の間,沖積系は縮小し続け,また埋積速度Ragg_overallは増加し続け,最終的にモルフォダイナミクス上の平衡が実現した(A* ~ 1, Ragg_overall* ~1).(3)沖積チャネルは,海進早期においては埋積速度が小さく,側方へも移動せず,安定した状態を生じやすい (A* >> 1, Ragg_channel* << 1).しかし,海進後期においては埋積速度が大きく,頻繁に側方移動するチャネルがオートステップ(Muto & Steel, 2001 Geology)を発達させる傾向を強める(A* ~ 1, Ragg_channel* > 1 or >> 1).(4)より大きなΛ3Dのもとでは,チャネル安定期からチャネル不安定期への移行がより早いタイミングで実現しやすい.(5)モルフォダイナミクス上の平衡が実現するのに要する時間はAo1/2に比例する.
オート層序学理論とそれを裏付ける実験結果から,天然デルタの存亡の理解に関わるヒントが得られた.後氷期海進の末期になるまでデルタが存在しなかった(Stanley & Warne, 1994 Science) のは,それに先立つ低海水準期のデルタが陸棚外縁付近まで延伸し,その時の沖積系面積がΛ3D2を大幅に超えていたからであろう(e.g., Wang, Tamura & Muto, 2019 Geology).その後の海水準上昇の開始に伴い非デルタ性海進が起こり,沖積系の面積はΛ3D2へ向けて縮小したはずである.現世デルタを造っている沖積系は低海水準期のそれより遥かに小さいが,それでも現下の海水準上昇とその加速傾向に鑑みれば厳しい未来が待っているかもしれない.IPCC WG1(2021)AR6 SPMの中で示されているCO2排出量が非常に多いシナリオ(SSP5-8.5)を想定するなら,急激な海水準上昇(e.g., Rblr = 0.57−2.4 cm/年)のもと,西暦2300年までに現世デルタの大半が非デルタ性海進系に転換している可能性を否定できない.
相対的海水準(もしくは基準面)の上昇速度Rblr,上流側からの堆積物供給速度Qs(体積/時間)とすると,オート層序学的長さスケールはΛ3D = (Qs/Rblr)1/2で与えられる.AcrtはΛ3Dの2乗におおよそ等しい(Acrt ~ Λ3D2)ことから,下流域沖積系の面積AをΛ3D2で無次元化(A* = A/Λ3D2)して扱えば,同様に,Acrt* = Acrt/Λ3D2 ~1となる.海水準上昇に先立って下流域沖積系がAcrtを大幅に超えてデルタを成長させていたならば(A* >>1),上昇開始とともに非デルタ性海進が必然的に起こる.この海進のもとで沖積系は縮小し続け,その面積はAcrtへ漸近していく(A* → 1).Qsが時間的に不変であるならば,沖積系全体の埋積速度Ragg_overallはAと反比例の関係にある.Ragg_overallをRblrで無次元化したRagg_overall*(= Ragg_overall/Rblr)はA*-1に等しい.縮小し続ける沖積系は,最終的に,A* (~ 1)とRagg_overall* (~ 1)が変化しなくなるモルフォダイナミクス上の平衡状態に到達する.沖積系面積の一部を占めるに過ぎない沖積チャネルの埋積速度Ragg_channelはRagg_overallよりも格段に大きな値をとりうる.Ragg_overall*が1へ漸近する過程で,Ragg_channel*は1を超えて増大しうる.すなわち,沖積チャネルは氾濫やアバルジョンを生じやすくなり,一層不安定化する.
長崎大学のマルジ系実験水槽を使用して,全8ランの実験シリーズを実行した.この実験シリーズでは,基盤地形,初期水深,初期堆積地形(静止水位のもとで生成したデルタ)のサイズAo(>> Λ3D2),堆積試料,Qs,水流量Qwを,全ランを通じて固定し,水位上昇速度Rblrだけをラン毎に変えた.実験結果およびチャネルマッピングを含む解析結果は次のように要約される.(1)水位上昇開始とともに,それまでのデルタ性海退が非デルタ性海進に転換した.(2)海進の間,沖積系は縮小し続け,また埋積速度Ragg_overallは増加し続け,最終的にモルフォダイナミクス上の平衡が実現した(A* ~ 1, Ragg_overall* ~1).(3)沖積チャネルは,海進早期においては埋積速度が小さく,側方へも移動せず,安定した状態を生じやすい (A* >> 1, Ragg_channel* << 1).しかし,海進後期においては埋積速度が大きく,頻繁に側方移動するチャネルがオートステップ(Muto & Steel, 2001 Geology)を発達させる傾向を強める(A* ~ 1, Ragg_channel* > 1 or >> 1).(4)より大きなΛ3Dのもとでは,チャネル安定期からチャネル不安定期への移行がより早いタイミングで実現しやすい.(5)モルフォダイナミクス上の平衡が実現するのに要する時間はAo1/2に比例する.
オート層序学理論とそれを裏付ける実験結果から,天然デルタの存亡の理解に関わるヒントが得られた.後氷期海進の末期になるまでデルタが存在しなかった(Stanley & Warne, 1994 Science) のは,それに先立つ低海水準期のデルタが陸棚外縁付近まで延伸し,その時の沖積系面積がΛ3D2を大幅に超えていたからであろう(e.g., Wang, Tamura & Muto, 2019 Geology).その後の海水準上昇の開始に伴い非デルタ性海進が起こり,沖積系の面積はΛ3D2へ向けて縮小したはずである.現世デルタを造っている沖積系は低海水準期のそれより遥かに小さいが,それでも現下の海水準上昇とその加速傾向に鑑みれば厳しい未来が待っているかもしれない.IPCC WG1(2021)AR6 SPMの中で示されているCO2排出量が非常に多いシナリオ(SSP5-8.5)を想定するなら,急激な海水準上昇(e.g., Rblr = 0.57−2.4 cm/年)のもと,西暦2300年までに現世デルタの大半が非デルタ性海進系に転換している可能性を否定できない.