日本地質学会第129年学術大会

講演情報

セッション口頭発表

T3.[トピック]南大洋・南極氷床:地質学から解く南極と地球環境の過去・現在・未来

[2oral501-10] T3.[トピック]南大洋・南極氷床:地質学から解く南極と地球環境の過去・現在・未来

2022年9月5日(月) 08:45 〜 12:00 口頭第5会場 (14号館402教室)

座長:石輪 健樹(国立極地研究所)、尾張 聡子(東京海洋大学)、菅沼 悠介(国立極地研究所)、香月 興太(島根大学)

10:30 〜 10:45

[T3-O-6] 完新世における東南極トッテン氷河沖の棚氷後退

【ハイライト講演】

*板木 拓也1、菅沼 悠介2、関 宰3、山本 正伸3、⼤森 貴之4、天野 敦子1、石輪 健樹2、清家 弘治1、尾張 聡子5、羽田 裕貴1、池原 実6、青木 茂3 (1. 産業技術総合研究所地質調査総合センター、2. 国立極地研究所、3. 北海道大学、4. 東京大学、5. 東京海洋大学、6. 高知大学)

世話人よりハイライトの紹介:第61次日本南極地域観測隊は, 2019年12月〜2020年3月,砕氷船「しらせ」により世界に先駆けてトッテン氷河の前縁域から海底堆積物コアを採取することに成功した.近年,トッテン氷河からの大量の氷床流出が懸念されており,それはこの海域の海洋環境が影響しているらしい.得られた海底堆積物コアには,完新世における氷床後退と海洋との相互作用に関する様々な痕跡が記録されているようだ.※ハイライトとは

キーワード:南極、氷床融解、古海洋学

近年、南極では外洋の温暖な深層水が棚氷の下面に入り込むことで棚氷の融解/氷床の海への流出の原因となっていることが示され,巨大氷冠を有する東南極においてもトッテン氷河の融解にともなう海水準上昇が懸念されている.しかし,今後起こるとされている融解の加速を現在の海洋観測データだけで検証することは難しく,過去の融解と海洋変動の記録を合わせて評価する必要がある.第61次日本南極地域観測(夏隊2019年11月〜2020年3月)の砕氷船「しらせ」を用いた採泥調査では,世界に先駆けて東南極トッテン氷河の前縁域から海底コアを採取することに成功し,現在,様々な手法で古環境情報の抽出が進められている.本発表では,これらの海底コアの特徴と現段階で得られている予察的な結果について紹介する.
 グラビティーコアラーで採取された5本の海底コア(長さ1.7〜3.9 m)は,上部がオリーブ〜黄褐色を呈した泥質堆積物で特徴付けられ,下部は灰色を呈した礫質砂で主に構成されている.上部の泥質堆積物は珪藻や放散虫などの珪質微化石を多く含む傾向があり,この堆積期間が現在の様に棚氷に覆われていない生物生産に富んだ環境であったことを示している.一方,下部の礫質砂には化石がほとんど含まれず,棚氷下,とくに氷床の接地線付近に位置していたことが示唆される.このことは,堆積物中の10Be濃度変化からも支持される.すなわち,銀河宇宙線により大気中で生成され,海洋に供給される10Beは,棚氷下の礫質砂では極めて低い濃度を示し,泥質堆積物ではこれが顕著に上昇しており棚氷下の閉鎖環境から解放されたことを意味している.有機物を用いた放射性炭素年代測定の予察結果によれば,棚氷下の環境から解放されたのは沖合の大陸棚中央部では約1万年前、現在の氷河前縁付近では約5千年前であったことが示唆される.
 このような氷床・棚氷の後退を引き起こした原因については,相対海水準上昇に伴う棚氷の不安定化や温暖な深層水が棚氷の下面に移入したこと等が考えられる.しかし,現段階で古海洋指標からの明確な証拠が得られていない.現在,微化石,同位体比,有機地球化学,鉱物組成,間隙水等の様々な分析が進められており,これらを総合的に解釈することで,トッテン氷河の氷床後退メカニズム解明に繋がることが期待される.