日本地質学会第129年学術大会

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T3.[トピック]南大洋・南極氷床:地質学から解く南極と地球環境の過去・現在・未来

[7poster01-05] T3.[トピック]南大洋・南極氷床:地質学から解く南極と地球環境の過去・現在・未来

2022年9月10日(土) 09:00 〜 12:30 ポスター会場 (ポスター会場)

フラッシュトーク有り 9:00-10:00頃 ポスターコアタイム 10:30-12:30

[T3-P-3] (エントリー)東南極宗谷海岸沿岸およびシューマッハオアシスの陸水系に存在する脂肪酸の組成

*梶田 展人1,2,3、菅沼 悠介1、工藤 栄1、杉山 慎4、大河内 直彦3 (1. 国立極地研究所、2. 弘前大学、3. 海洋研究開発機構、4. 北海道大学)


キーワード:脂肪酸、南極、宗谷海岸、シューマッハオアシス

脂肪酸は、バクテリアから高等植物、昆虫から動物に至るまで様々なレベルの生物によって合成されており、世界中の海洋や湖沼の堆積物および土壌に普遍的に含まれている。堆積物コアに含まれる脂肪酸の炭素鎖の特徴や、炭素や水素の同位体比には、脂肪酸の起源となる生物の種類やその周囲の環境変化が反映されるため、様々な古環境復元に用いられてきた。一般に、炭素数22以上の脂肪酸(本研究では長鎖脂肪酸と呼称する)は、主に陸上高等植物のクチクラ層に由来するとされており、その炭素鎖長や安定炭素同位体比は、植生や気温、相対湿度のプロキシとして用いられる。一方で、炭素数18以下の脂肪酸(短鎖脂肪酸)は、主にバクテリアや藻類、菌類などによって合成されている。さらに、脂肪酸は、エアロゾル粒子や海流に乗って長距離運搬されることが確認されており、物質輸送のトレーサーなどにも応用されている  南極沿岸の棚氷下の海洋堆積物には、古環境指標や年代決定などに汎用できる炭酸塩微化石が殆ど産出しない他、光遮蔽によって一次生産が抑制されているため有機化合物の含有量も少ない。このような南極大陸沿岸域において、ガスクロマトグラフによって容易に同定可能であり、含有量も比較的大きく同位体比分析に必要な量を確保しやすい脂肪酸は、貴重かつ重要な古環境プロキシとなる。例えば、短鎖脂肪酸のcompound specificな放射性炭素測定によるdead carbon effectを排除した堆積年代モデルの作成や、水素安定同位体比測定による棚氷の融解史復元などの研究が行われている。  しかしながら、南極沿岸域の海洋堆積物に含まれる脂肪酸が、どこに棲息する、何の生物に由来するものなのか厳密には特定されておらず、これは上記のような古環境研究における一つの不確定要素となっている。特に、南極大陸から海洋へ輸送される脂肪酸の組成やフラックスを明らかにすることは、沿岸海洋における脂肪酸のデータを正しく解釈するために必要なことだ。そこで本研究では、第55次および第59次南極観測隊で採取された、東南極昭和海岸沿岸とシューマッハオアシスの湖沼堆積物および、ラングホブデ氷河接地線付近の堆積物に含まれる脂肪酸の組成を分析した。 宗谷海岸沿岸の多くの湖沼では、C10~C18の短鎖脂肪酸のみが検出され、C22以上の長鎖脂肪酸は検出されなかった。特にC16とC18の含有量が大きく、これは海洋堆積物から検出される脂肪酸の特徴と酷似している。一方で、一部の湖沼では、短鎖および長鎖の脂肪酸が両方検出され、短鎖/長鎖の比率は2~20程度であった。さらに、シューマッハオアシスの淡水湖沼は、調査した全ての淡水湖沼において、C22以上の長鎖脂肪酸が検出され、長鎖/短鎖の比率は1~6程度であった。さらに、ラングホブデ氷河接地線付近の堆積物からも脂肪酸が検出された。これらの結果は、南極沿岸の海洋堆積物に多く含まれている短鎖脂肪酸の全てが必ずしも海洋での生物生産に由来するとは限らないことを示しており、その炭素や水素の同位体比を使用した指標の解釈においては陸源物質の寄与について留意する必要があることを示している。さらに、陸上高等植物が殆ど存在しない南極大陸において、パッチ状に長鎖脂肪酸が検出されたことは、長鎖脂肪酸が大気輸送によるものではなく現地生であることを示している。これは、長鎖脂肪酸の由来を安易に高等生物に帰着させてきた他地域の先行研究の危険性を指摘するものである。 今後の研究(第64次南極観測隊)では、露岩域における地衣類や蘚類、大型生物の遺骸や土壌、岩石に含まれる脂肪酸を詳しく調査し、湖沼堆積物に含まれる脂肪酸の由来を特定する。さらに、それらの沿岸海洋への流出量について評価を行い、沿岸海洋堆積物に含まれる脂肪酸への寄与を明らかにする。