[T1-P-5] 北関東栃木県西部の足尾帯から見出された片麻岩の記載岩石学的特徴と地質学的意義
キーワード:片麻岩、フィブロライト、紅柱石、足尾帯、栃木県
栃木県の地質の基盤は足尾帯のジュラ紀付加体であり,美濃―丹波帯の東方延長とみなされている(矢内,1972;竹内,2008).足尾帯のジュラ紀付加体はしばしば白亜紀~古第三紀花崗岩類に貫入され,ホルンフェルス化している(河田・大澤,1955;矢内,1972,2008;伊藤・中村,2021).しかしながら,栃木県北東部の那須町伊王野では,珪線石および菫青石を含む黒雲母片麻岩が2 km四方以上にわたって産出することが報告されている(酒井,1989).本研究は,栃木県西部の鹿沼市板荷において片麻状構造および鉱物の配向性を有する片麻岩を見出したので,その岩石学的特徴を報告する.なお,本研究で用いた試料の一部は,標本番号(503081)として栃木県立博物館に登録・収蔵されている. 栃木県西部足尾山地では,主に砂岩と頁岩からなる砕屑岩や,珪質頁岩,珪質粘土岩,チャート,緑色岩類および炭酸塩岩類からなるジュラ紀付加体が広く分布している(鎌田,2008).花崗岩体の周囲1–2 kmにわたってホルンフェルス化し,自形で1–2 cm大の菫青石または紅柱石を含むことがある(河田・大澤,1955;矢内,2008).変成泥岩に炭質物温度計を適用して約290–510℃の変成温度が見積もられている(伊藤・中村,2021).鹿沼市板荷では,黒雲母花崗岩が層状チャートに貫入し,気成鉱化作用によりタングステン鉱床を胚胎する(櫻井,1943;中沢・物部,1957;Ishihara and Sakai, 1995).この花崗岩から64–63 Ma の白雲母または黒雲母K–Ar年代が得られている(Ishihara and Sakai, 1995). 採取試料は中沢・物部(1957)で記載されている板荷鉱山の変質帯付近に産し,0.5–1.5 cm厚の珪質層と数mm厚の雲母質層が互層する面構造を有する.この雲母質な面上では,フィブロライトの数mmの集合体が配列し明瞭な線構造をしめしている.その珪線石の大半をランダムに配向した大小の紅柱石が置換している.珪質層は褐色味があり,比較的粗粒で暗褐色の石英が点在している.顕微鏡下では,雲母質層は主に細粒な黒雲母,白雲母,フィブロライト,粗粒な紅柱石から構成される.黒雲母,白雲母およびフィブロライトは定向配列し,紅柱石が部分的にフィブロライトを置き換えている産状や二次的な白雲母に置き換えられている産状が認められる.珪質層は粗粒~細粒な石英と細粒な黒雲母で占められる.粗粒な石英は面構造に沿ってやや扁平した形状を呈し,同方向に配列している細粒な黒雲母や稀にフィブロライトを包有し,その粒間や周囲を包有物のない比較的細粒な石英または黒雲母が充填している. 本研究で採取した片麻岩は面構造を有し,定向配列するフィブロライト,黒雲母,白雲母を含む.また,面構造に調和的に配列した黒雲母やフィブロライトを包有する石英の産状も確認された.これらの組織は,上記の変成鉱物が高温条件下で形成し,同時期に延性変形を受けて定向配列した過程を示唆する.定向配列するフィブロライトはランダムな方向性を呈する紅柱石に置換されており,片麻岩形成後に変形を伴わない熱変成を重複して被り,紅柱石安定領域条件下での再結晶化が促されたことが想定される.また,この片麻岩の卓越する珪質層と薄い雲母質層からなる片麻状構造は原岩の構造に由来すると考えられ,板荷周辺では薄層の泥質岩を伴うチャートが卓越していることから,片麻岩の原岩は周囲のジュラ紀付加体の層状チャートであると推察される.つまり,鹿沼市板荷に産する片麻岩は足尾帯ジュラ紀付加体を原岩とし,高温条件下で延性変形を受けて片麻岩となったのち,周囲の付加体とともに白亜紀~古第三紀花崗岩類に貫入されてホルンフェルス化を被った過程が考察される.足尾帯は美濃―丹波帯に相当することから,本研究で見出された栃木県西部の片麻岩は領家帯の一部である可能性が示唆される.この結果は,足尾帯として位置付けられている栃木県には領家帯に相当する片麻岩類が分布する可能性を示唆し,更なる詳細な地質調査および岩石学的解析を踏まえて地体構造区分を再検討する必要がある. 引用文献 Ishihara and Sakai (1995) Resource Geology,伊藤・中村 (2021) 地質調査研究報告,鎌田(2008) 「関東地方」朝倉書店,河田・大澤 (1955) 5万分の1地質図幅説明書「足尾」,中沢・物部 (1957) 地下資源調査報告書,酒井 (1989) 日本地質学会第96年学術大会要旨,櫻井 (1943) 自然科学と博物館,竹内 (2008) 「関東地方」朝倉書店,矢内 (1972) 岩石鉱物鉱床学会誌,矢内 (2008) 「関東地方」朝倉書店