[SY4-02] [シンポジウム] 診療看護師としてへき地医療に貢献するという選択
Keywords:僻地医療、キャリア形成
クリティカルケアから離れて久しいところに、離島という医療機関の立地が困難な過疎地における医療の提供に、診療看護師という立場から多様な社会貢献をなされてきたストーリーを伝えて欲しいとの課題をいただいたので、恥ずかしながら自身の経験をお伝えさせていただく。
自身は高校卒業後から医療業界で働いているので約30年間はこの業界で仕事をしていることになる。大まかに世代ごとに振り返ると20代はがむしゃらに急性期領域で看護師として成長しようとあがいた時期で、30代は学舎でひたすら学び、急性期看護教育にも励んだ時期。40代は看護の新しいキャリアパスとしての診療看護師をいかに続けていけるかという自身のキャリアの模索をし続ける現在進行形の時期ということになるかもしれない。
私は特に人工呼吸管理が好きで、看護師として働きながら臨床工学技士免許も取り、患者さんの安楽や予後の改善のため人工呼吸器のモードや気道管理、鎮静・鎮痛・せん妄などを一生懸命に学び実践に活かし、修士論文をまとめ、教育活動にも励んで雑誌執筆や講習なども精力的に取り組んだ時期もあるし、大学教員として教鞭を執った時期もある。診療看護師としてクリティカルケア領域で活動をし続けるとも思っていた一方で、地域医療に貢献したいと言う思いは診療看護師を志した際には抱いていたし、ICU退室後に後遺症の残る患者の自宅退院の支援、治療中断に関する倫理調整などをした経験から地域医療にこそ診療看護師のニードはあるのではないかと思うようにもなっていた。また、米国と異なり日本の診療看護師の分布は急性期領域に偏っていることから、あまり人がやっていないことをしたいという生来の‘癖’みたいなものに突き動かされ、プライマリケアへのキャリアチェンジを決断し山間僻地を経て気がつけば島根県の有人国境離島である隠岐諸島の島後地域の隠岐の島町に所在する病院で診療看護師として活動している。現在は診療部所属の診療看護師として、入院患者や救急・外来患者への様々な対応のほか、倫理調整、訪問診療のモデレーターと実際の訪問診療の担い手としての活動、院内外の緩和ケア、ポリファーマシー、RRS対応など多様な役割を担わせていただく中で高度実践看護の担い手として充実した日々を送っている。
若かりし頃の私がなぜおまえは離島にいるの?と今の私をいぶかしむかもしれないが、「約30年間の看護経験が今の私の実践を支えているのは確かだぞ!」と、誇りを持って言える。
自身の経験がどの程度、看護師諸兄姉の皆様の役に立つかはわからないものの、座長や演者の皆様との意見交換を通して何か少しでも参考になれば幸いである。