日本畜産学会第125回大会

講演情報

シンポジウム

[S4-01_05] 日本畜産学会主催・公開シンポジウム「農林業の鳥獣被害とジビエ利用を含めたその解決策」

2019年3月30日(土) 13:00 〜 17:00 ポスター会場・展示 (大教室)

(公社)日本畜産学会 主催 
公開シンポジウム
「農林業の鳥獣被害とジビエ利用を含めたその解決策」

日  時:2019年3月30日(土) 13:00~17:00
場  所:麻布大学 大教室 
主  催:公益社団法人 日本畜産学会
参 加 費:無料

開催趣旨:
急速に進む少子高齢化は,日本の農業・林業にも大きな影響を及ぼしている.すなわち,農林水産業の規模縮小傾向が進み,農地・山林の管理が不十分となり,荒れた森林や耕作放棄地が増加している.それにともない野生鳥獣の生息数が増加し生息域が拡大することにより,生息域と人間の生活活動圏との境が不明瞭になってきている.その結果,野生鳥獣による農林業への被害が増加し,深刻化・広域化している.また都市部でのカラスによる被害や,さらには住宅地へのイノシシやサルなどの出没から一般住民への被害も散見されるようになり,野生鳥獣被害への対策が大きな社会問題となっている.
本シンポジウムは,このような被害が深刻になっている野生鳥獣の生態と農林業への被害の実情とその対策について,一般市民に正しい理解を深めていただくことができる場である.また,その対策の1つとして近年大いに注目されている野生鳥獣のジビエ利用にも焦点をあて,食肉加工の専門家や実践されている活動家をお招きし,その実情と対策について解説していただくことも目的としている.

プログラム:
総合司会:中村隼明(広島大学),福森理加(酪農学園大学)
1. S4-01 「イノシシの農作物被害とその対応策」  
江口祐輔(農研機構西日本農業研究センター)
2.S4-02  「ニホンジカの農林業被害とその対応策」 
南 正人(麻布大学獣医学部)
3. S4-03 「カラスの農作物被害とその対応策」   
塚原直樹(株式会社CrowLab)
4. S4-04 「野生鳥獣ジビエの加工品」       
坂田亮一(麻布大学獣医学部)
5. S4-05 「小豆島のジビエ加工プロジェクト」    
内澤旬子(作家・イラストレーター)
6. 総合討論

[S4-02] ニホンジカの農林業被害とその対応策

南 正人 (麻布大学 獣医学部)

ニホンジカ(以下,シカと表記)は,以前から農林業に大きな被害を与えてきた.統計資料では,農業でも林業でも被害面積はシカが第一位である.近年では,さらに個体数増加と分布域拡大により,生態系や森林の水源涵養機能への影響など,深刻な事態が続いている.農林水産省では鳥獣被害対策特別措置法,環境省では鳥獣保護法の全面改定(鳥獣保護管理法へ)など,さまざまな措置が講じられてきた.野生動物管理の柱は,個体数管理,生息地管理,被害管理の3つである.シカの場合は,電気柵設置などの被害管理的な政策も行われているが,生態系やライフラインへの影響などもあり,個体数管理に重点が置かれてきた.
 従来のような猟友会への委託では体制的にも技術的にも不十分となってきた.そこで,環境省は鳥獣保護法を改定し,集中的かつ広域に管理を図る必要がある動物種に対して国や都道府県が捕獲事業を行う「指定管理鳥獣捕獲等事業」,猟友会以外でも民間事業者が捕獲事業に参入できる「認定鳥獣捕獲事業者制度」を作った.これにより,専門的捕獲事業者が事業化できる可能性が開かれた.
イヌや人で追回す巻狩りのようなシカの警戒心を高める方法から,シカの慣れが生じにくい手法が導入されつつある.例えば,餌で誘引した小集団に対して,数秒間の連射で全個体の急所に銃弾を命中させ,生き残りを出さない方法などである.この方法では狩猟にはない技術が必要となる.趣味で狩猟を行ってきたハンターではなく,高い技能を備えた専門的・職能的捕獲技術者による効率的・効果的な捕獲体制で実施される科学性と計画性のある捕獲が必要となっている.少数ながら,すでにこのような集団・団体が活動を始めている.
市町村では予算も人材も限られ,対策が困難である.しかし,長野県小諸市では,猟友会に依存しない行政直轄の捕獲体制を整え,実績を挙げている.狩猟免許取得者が非常勤公務員として雇用され,捕獲実施隊として行政の指揮の下で活動している.また,これまで高額の税金を投入して焼却されていた捕獲個体は,加工施設でペットフードとして活用され始めた.ジビエは厚生労働省の衛生基準のクリアが必要で,捕獲から処理までの時間も制限される.また,シカに苦痛を与えるとストレスで食味が悪くなるので,美味しい肉を取るためには腹部ではなく頭部か頚部を撃って即死させる必要がある.緊急で大量の捕獲が必要な場合は,ジビエ利用は効果的ではない.鹿肉ペットフードは,運搬時間の制約も捕獲法の制約もなく,野生動物管理には適している.しかし,販売価格が安いことが欠点である.麻布大学では文部科学省の研究ブランディング事業として,ペットの健康に対する鹿肉の効果の検証実験を行い,鹿肉ペットフードの付加価値を高める研究を行っている.
しかし,ジビエはハンターを経済的に支え,ハンターの減少を抑えられる可能性がある.また,狩猟期に一定数がハンターに捕獲されることは,野生動物の爆発的な増加を未然に抑えることにもなる.衛生上の注意を十分に行うことを前提に,ジビエ利用も野生動物管理を支える活動となると考えられる.

略歴:麻布大学 獣医学部野生動物学研究室 准教授.1957年生.2009年から現職.専門:動物社会生態学・動物行動学.軽井沢でエコツーリズムを展開する企業に15年間勤務.自然ガイドや,クマの保全活動に従事.宮城県の離島で150頭のシカを個体識別して約30年間追跡し,行動や生態を研究.近年はシカの管理に関する仕事も行う.