日本食品科学工学会第71回大会

講演情報

シンポジウム

シンポジウムA

[SA1] シンポジウムA1

2024年8月29日(木) 14:30 〜 17:15 S1会場 (2F 201)

世話人:伊藤 圭祐(静岡県立大学)

15:30 〜 16:00

[SA1-03] 肉体的・精神的ストレスによる味覚修飾の脳内メカニズム

*中島 健一朗1 (1. 名古屋大学大学院生命農学研究科・食理神経科学研究室)

キーワード:味覚、視床下部、心理的ストレス、空腹

    【講演者の紹介】
   中島健一朗(なかじまけんいちろう):名古屋大学大学院生命農学研究科・教授
    略歴:2003年東京大学農学部卒,2008年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了,2008年日本学術振興会特別研究員PD,2009年東京大学大学院農学生命科学研究科特任助教,2011年日本学術振興会海外特別研究員(アメリカ国立衛生研究所,国立糖尿病・消化器・腎疾病研究所),2014年東京大学大学院農学生命科学研究科特任助教,2017年生理学研究所生殖・内分泌系発達機構研究部門准教授,2022年より名古屋大学大学院生命農学研究科食理神経科学研究室教授

    味覚は食品の美味しさを決定づける最も重要な要素である.味覚はヒトだけでなく様々な生物が有しているが,その元々の性質は食物の価値の判断基準である.すなわち,糖や脂質などカロリー豊富な食物の味は嗜好され,積極的に摂取されるのに対し,有害な成分はしばしば苦味や酸味を有し忌避される.近年,ヒトやマウスなど哺乳類を中心にして,舌の上にある味覚受容体が同定され,末梢における味覚受容の仕組みが明らかになってきた.また,生物学的アプローチとは別に,様々な食品の味をビッグデータとしてまとめ,AIで分析することで,「最高の味付け」を決定することも可能なように思われる.しかし,見落とすことができないのは,味覚は一定ではなく生理状態の違いや精神状態の影響を受けるということである.私たちのグループではどのような脳内メカニズムにより空腹や心理的ストレスが味覚を変化させるのかを研究している.そこで本シンポジウムでは,摂食やストレス反応の中枢として知られる視床下部の神経の働きに注目して実施した研究について紹介する.「空腹は最高の調味料」というギリシャ時代の格言に知られるように,空腹の際に普段より食物を美味しく感じさせることは古来より知られている.マウスを用いた研究によりその脳内メカニズムを検証した結果,エネルギー恒常性の維持に最も重要な視床下部の神経であり,強力な摂食促進効果を有するアグーチ関連ペプチド神経(AgRP神経)が空腹時に甘味など好ましい味の嗜好性を高め,苦味や酸味など不快な味の感度を低下させる働きを有していることを見出した.一方,精神的ストレスについても味覚への影響がヒト官能試験などから示唆されていたが,その仕組みについては不明な点が多いため研究を進めている.これまでに,心理的ストレスの場合は甘味に対する嗜好性は空腹の時と同様に高まるのに対し,苦味の感度に及ぼす影響は小さいことを見出した.また,視床下部において空腹の場合とは異なる仕組みで味覚の調節がなされることがわかりつつある.本発表を通して,受け手の状態により味覚が変化する仕組みとその重要性を理解していただければ幸いである.