9:43 AM - 10:13 AM
[S20-01] The Evolution of the ETAS Model and the Modeling of Causal Inference
1.はじめに
日本の地震活動の研究には,豊富なデータベースのもと,世界をリードしてきた長い伝統がある(例えば宇津徳治著「地震活動概論」参照).これらの研究成果をもとに,講演者は主に「条件付強度関数」という点過程概念に基づく統計的モデルを考案して,地震発生データを予測する研究や,データの診断解析で捉えられる地震活動の異常現象の研究に取り組んでいる.これらの研究は,統計的予測理論や数値解析法などの実用化と相まって進展している.
2.ETASモデル
ETAS(Epidemic Type Aftershock Sequence)モデル1) は,短期的な地震発生率を予測するための余震活動の経験的根拠に基づいて作成されたものである.ETASモデルによって地震活動を特徴づけ,そのパラメータを直截的に最尤法で求める.ETASモデルは各地域の標準的な地震活動の中長期的な変化をシミュレーションする際に利用されることが多いが,ストレス場の変化に伴う地震活動の微妙な異常変化(相対的な静穏化や活性化)を検出するための「ものさし」としても利用できる.群発活動の中には,時間の経過とともに常時地震活動パラメータが変化する非定常ETASモデルが適しているものが多くある.このような地震活動の異常は,例えば,スロースリップによる応力の変化や,流体の断層への侵入(断層の弱化)によると考えられ,これらと地震活動の間の定量的な関係を提供する可能性がある.
3.時空間ETASモデルと地震予測の高度化
地震活動の近傍・遠方界への影響を表現した様々な時空間的ETASモデルが紹介されて以来,地震発生の物理モデルも参入した予測性能実験が,国際プロジェクトCSEPで10年以上にわたって比較検討されている.
中でも階層的時空間ETAS(HIST-ETAS)モデル2) は,地震活動の空間的非一様性を表すために,主要パラメータが地震の位置にも依存するモデルである.これは任意の位置でのパラメータの値が,デロネ三角形網の各頂点での値(デロネ係数)によって線形的に補間(区分的線形関数)されるものである.地震の数に比例して係数の数が膨大になるので,適切な推定には区分線形関数に滑らかさの制約を課して,「罰則付き対数尤度」を最大化する逆問題(インバージョン)として,ベイズ最適解(MAP解)を求める.これで地震の集中地域での高解像の変化を提供し,大地震の初期段階で,実際の余震発生分布に良く対応した時空間予測を提供する.特に,余震や群発地震の非等方性の短期空間予測を準リアルタイムで提示する.他方,このような誘発効果を分離した常時地震活動のMAP解は,空間的に強度が数桁の違いで変化し,大地震の長期的予測に効果的である.すなわちHIST-ETASモデルの常時地震強度の高い地域は,大地震の予測および歴史地震の多発域と調和的であり,さらにGNSS測量結果による最大せん断応力の高蓄積率の地域と良く対応している.
同様にして,関東地方の深さ100kmまでを,震源位置などを頂点としたデロネ四面体で分割した区分的線形関数による3次元版の階層的時空間ETASモデルを作成し,東北沖地震の効果を考慮した総合モデルは,顕著に関東直下の地震予測の実用性を示している.プレート境界では,東北沖で誘発された地震は常時地震活動が高いエリアで優先的に発生している.
4.地震活動の因果推論
時を遡り,条件付強度関数で定義されたホークス過程を,講演者が初めて目にしたのは1970年代のことである.当時,統計数理研究所の赤池弘次博士は,ホークス型モデルを時系列解析の「自己回帰モデル」に擬え,予測の観点から尤度法を適用し,AICで誘発の応答関数の形状を推定する取り組みを周囲に推奨した.地震データが十分にあれば,そのような応答関数は大地震とともに急上昇し,その後速やかに減少するが長期的には裾が重く,暗に大森・宇津型の減衰関数を示唆していた.さらに演者は,従来の統計検定解析法の障害となっていた続発性に対して,ホークス過程を組み入れて,地震活動の周期性(季節性)や因果関係などを調べるモデル3)を目指した.これらのモデルは地震活動に対する外部変数からの影響の有意性を調べるのに有用で敏感であった.その後ホークス型モデルに代わってETASモデルを使って,前駆的事象系列,異常地磁気変動,ひずみ応力変化の時系列,人口注水などの地震活動への誘発の可否(情報量利得)や応答の遅れなど,予測における確率利得の計算に応用されつつある.これらの発展について紹介する.
図の説明: HIST-ETASモデルを1923年から2018年に南西日本で発生したM≥4.5の地震に合わせた地震活動の時空間画像(条件付き強度の対数スケールの等値面).昭和南海地震後の時間の表面と交差した活動度を対数スケール等高線で示している.
参考のソフトウェアとマニュアル:
1)ETAS modelなど: Computer Science Monographs*), No. 33, 統計数理研究所, 2006, および,XETAS (TSEIS – ETAS, GUIモジュール)>連絡先 鶴岡弘@地震研究所
2)HIST-PPMモデルと予測:統計数理研究所Computer Science Monographs*), No. 35に投稿中(2020),当面http://bemlar.ism.ac.jp/ogata/HIST-PPM-V2/ に格納.
3)周期性,因果性モデルなど: Computer Science Monographs*), No. 32, 統計数理研究所, 2006.
*) Computer Science Monographsはhttps://www.ism.ac.jp/editsec/csm/index_j.html 参照.
日本の地震活動の研究には,豊富なデータベースのもと,世界をリードしてきた長い伝統がある(例えば宇津徳治著「地震活動概論」参照).これらの研究成果をもとに,講演者は主に「条件付強度関数」という点過程概念に基づく統計的モデルを考案して,地震発生データを予測する研究や,データの診断解析で捉えられる地震活動の異常現象の研究に取り組んでいる.これらの研究は,統計的予測理論や数値解析法などの実用化と相まって進展している.
2.ETASモデル
ETAS(Epidemic Type Aftershock Sequence)モデル1) は,短期的な地震発生率を予測するための余震活動の経験的根拠に基づいて作成されたものである.ETASモデルによって地震活動を特徴づけ,そのパラメータを直截的に最尤法で求める.ETASモデルは各地域の標準的な地震活動の中長期的な変化をシミュレーションする際に利用されることが多いが,ストレス場の変化に伴う地震活動の微妙な異常変化(相対的な静穏化や活性化)を検出するための「ものさし」としても利用できる.群発活動の中には,時間の経過とともに常時地震活動パラメータが変化する非定常ETASモデルが適しているものが多くある.このような地震活動の異常は,例えば,スロースリップによる応力の変化や,流体の断層への侵入(断層の弱化)によると考えられ,これらと地震活動の間の定量的な関係を提供する可能性がある.
3.時空間ETASモデルと地震予測の高度化
地震活動の近傍・遠方界への影響を表現した様々な時空間的ETASモデルが紹介されて以来,地震発生の物理モデルも参入した予測性能実験が,国際プロジェクトCSEPで10年以上にわたって比較検討されている.
中でも階層的時空間ETAS(HIST-ETAS)モデル2) は,地震活動の空間的非一様性を表すために,主要パラメータが地震の位置にも依存するモデルである.これは任意の位置でのパラメータの値が,デロネ三角形網の各頂点での値(デロネ係数)によって線形的に補間(区分的線形関数)されるものである.地震の数に比例して係数の数が膨大になるので,適切な推定には区分線形関数に滑らかさの制約を課して,「罰則付き対数尤度」を最大化する逆問題(インバージョン)として,ベイズ最適解(MAP解)を求める.これで地震の集中地域での高解像の変化を提供し,大地震の初期段階で,実際の余震発生分布に良く対応した時空間予測を提供する.特に,余震や群発地震の非等方性の短期空間予測を準リアルタイムで提示する.他方,このような誘発効果を分離した常時地震活動のMAP解は,空間的に強度が数桁の違いで変化し,大地震の長期的予測に効果的である.すなわちHIST-ETASモデルの常時地震強度の高い地域は,大地震の予測および歴史地震の多発域と調和的であり,さらにGNSS測量結果による最大せん断応力の高蓄積率の地域と良く対応している.
同様にして,関東地方の深さ100kmまでを,震源位置などを頂点としたデロネ四面体で分割した区分的線形関数による3次元版の階層的時空間ETASモデルを作成し,東北沖地震の効果を考慮した総合モデルは,顕著に関東直下の地震予測の実用性を示している.プレート境界では,東北沖で誘発された地震は常時地震活動が高いエリアで優先的に発生している.
4.地震活動の因果推論
時を遡り,条件付強度関数で定義されたホークス過程を,講演者が初めて目にしたのは1970年代のことである.当時,統計数理研究所の赤池弘次博士は,ホークス型モデルを時系列解析の「自己回帰モデル」に擬え,予測の観点から尤度法を適用し,AICで誘発の応答関数の形状を推定する取り組みを周囲に推奨した.地震データが十分にあれば,そのような応答関数は大地震とともに急上昇し,その後速やかに減少するが長期的には裾が重く,暗に大森・宇津型の減衰関数を示唆していた.さらに演者は,従来の統計検定解析法の障害となっていた続発性に対して,ホークス過程を組み入れて,地震活動の周期性(季節性)や因果関係などを調べるモデル3)を目指した.これらのモデルは地震活動に対する外部変数からの影響の有意性を調べるのに有用で敏感であった.その後ホークス型モデルに代わってETASモデルを使って,前駆的事象系列,異常地磁気変動,ひずみ応力変化の時系列,人口注水などの地震活動への誘発の可否(情報量利得)や応答の遅れなど,予測における確率利得の計算に応用されつつある.これらの発展について紹介する.
図の説明: HIST-ETASモデルを1923年から2018年に南西日本で発生したM≥4.5の地震に合わせた地震活動の時空間画像(条件付き強度の対数スケールの等値面).昭和南海地震後の時間の表面と交差した活動度を対数スケール等高線で示している.
参考のソフトウェアとマニュアル:
1)ETAS modelなど: Computer Science Monographs*), No. 33, 統計数理研究所, 2006, および,XETAS (TSEIS – ETAS, GUIモジュール)>連絡先 鶴岡弘@地震研究所
2)HIST-PPMモデルと予測:統計数理研究所Computer Science Monographs*), No. 35に投稿中(2020),当面http://bemlar.ism.ac.jp/ogata/HIST-PPM-V2/ に格納.
3)周期性,因果性モデルなど: Computer Science Monographs*), No. 32, 統計数理研究所, 2006.
*) Computer Science Monographsはhttps://www.ism.ac.jp/editsec/csm/index_j.html 参照.