日本地震学会2020年度秋季大会

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記念講演

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[S20]AM

2020年10月29日(木) 09:00 〜 12:00 A会場

座長:安藤 亮輔(東京大学)

11:33 〜 11:53

[S20-06] 定常的なGNSS-A海底地殻変動観測技術の確立と地震学への貢献

*藤田 雅之1、松本 良浩1、佐藤 まりこ1、石川 直史1、渡邉 俊一1、横田 裕輔2 (1. 海上保安庁海洋情報部、2. 東京大学生産技術研究所)

海溝型巨大地震の発生メカニズムにアプローチするためには,地震発生時及びその前後のプレート境界の状態や地球物理学的情報が重要である.このような情報を得るためには,プレート境界震源域直上,特に海底における地殻変動データの観測が必要となる.陸域での精密な地殻変動観測技術は,GEONETをはじめとするGNSS観測技術によって20世紀後半に急速に発展したが,海底の精密な地殻変動観測については,海水の存在が精度向上を阻んでいた.このため,20世紀末の時点では海底が地殻変動観測データの空白域となっていた.

 私たち海上保安庁海洋情報部では,長きにわたり海図作成を原点として培ってきた海中計測技術,測位技術を活かし,この海底精密測位という技術課題に挑戦してきた.その実現が,今回受賞対象となったGNSS技術と音響測距技術を結合する「GNSS-A海底地殻変動観測」技術(左図)である.

 GNSS-A技術の原理は,1980年前後にScripps海洋研究所で提案されたが [たとえばSpiess, 1985, MG],実際の技術開発は,同研究所を含め,1990年代に入ってから進展した.海上保安庁海洋情報部では2000年代初頭から,船上及び海底に設置する観測装置(ハードウェア),データ解析技術(ソフトウェア)の開発を進め [Fujita et al., 2006, EPS],2010年頃までに,ほぼ現在のGNSS-A海底地殻変動観測システムの構築を実現した.

 具体的な測位方法は以下のとおりである:海底に設置した複数の音響トランスポンダ(海底局)が,刻々と移動する船上局から送信された音響信号を受信し,船上局に対して受信信号をそのまま返信することにより,その往復走時を計測する.送受信時の船上局の位置は,ハイレートGNSSによって決定されるため,これらをその時点の往復走時から求めた海中距離と組み合わせることにより海底局の位置を決定する.

 これらの技術開発に合わせて,日本海溝及び南海トラフの近傍陸側に,海底観測点を展開した.この過程で,宮城県沖でのプレートの沈み込みに伴う定常的な地殻変動 [Sato et al., 2013, JGR] や2005年宮城県沖の地震に関連する地殻変動を捉える [Matsumoto et al., 2006, EPS; Sato et al., 2011, GRL] などの重要な初期成果を得た.

 2011年東北地方太平洋沖地震時には,震源域直上の海底で24mの地震時変位を捉えるなどの成果が得られた [Sato et al., 2011, Science],これを契機とした南海トラフ側の大幅な観測点の増設により,現在では30点近い観測点網が構築されている(右図).

 また,2010年代には,「定常的なGNSS-A観測」を目指した研究開発により,観測の高精度化,高頻度化が図られた [たとえばIshikawa et al., 2020, Frontiers in ES].近年では,東北沖地震の余効変動の観測 [Watanabe et al., 2014, GRL],南海トラフ沿いプレート間固着状態の導出を可能とする変動速度分布の検出 [Yokota et al., 2016, Nature],浅部スロースリップの検出 [Yokota & Ishikawa, 2020, Sci Adv] など,次々とより詳細な観測成果の導出に成功している.

 これらの観測成果は,他の技術では捉えることができない海底の地殻変動情報を数多く提供しており,海溝型地震の調査研究分野に大きく貢献している.また,この分野においては,データ論文やデータDOIを活用したオープンデータシステムの開発も先駆的に進めており,GNSS-A観測システムによって取得されたデータが,今後さらに地震学・防災分野で活用され,社会貢献が進められていくだろう.

謝辞:本技術開発を通じて,これまで貢献されてきた多くの研究者,技術者の皆様,船舶運航・観測作業にご協力いただいた皆様、多大なご支援・ご助言を賜りました関係の皆様に,改めて厚く御礼を申し上げます.

図:(左)GNSS-A海底地殻変動観測技術の模式図,(右)2020年4月の観測点網