08:45 〜 09:15
[T5-O-1] (招待講演)チバニアンGSSPの批准とその年代層序学的意義
【ハイライト講演】
世話人よりハイライトの紹介:チバニアンGSSPの批准に至る過程について解説し,上総層群だけでなく,房総半島の後期鮮新世以降に形成された「陸化海成層」に共通してみられる年代層序学的ポテンシャルを紹介する.日本の地層が有する国際的重要性と利点についての理解が深まることが期待される.※ハイライトとは
地球史は地層が記録する化石の種類や気候変動の変化などをもとに116の階(先カンブリア時代ではより大きな区分である系)に区分され,国際地質科学連合(IUGS)ではそれらの全てに基準となる地層である国際境界模式層断面とポイント(GSSP: Global boundary Stratotype Section and Point)を設定する努力を続けている.GSSPは,最も細かい年代層序ユニット区分である階 (Stage)の下限を定める「境界模式層」であり,その下限の痕跡がもっともよく残された地層の断面(セクション:地層の観察ができる崖)および,その断面上で年代境界を定義できる視認可能な地層面の上の1点(ポイント)がGSSPとして世界で一つだけ選ばれ,境界の年代は,それぞれのGSSPで得られたデータによって定められる.
かつて地質年代の模式層は,その年代を最も良く表す地層岩体によって定義されていたが,1948年に開かれた第18回万国地質学会において鮮新世-更新世境界を定めるための基準地層の必要性が提唱された.これは地質年代の基準を境界模式とするGSSPの考え方が最初に提案された事例である(Head, 2019).1972年にはデボン紀の開始境界を定める地層がデボン紀の基準として批准され,これが最初のGSSPとなった(McLaren, 1977).2022年2月現在,批准されたGSSPは78を数える.
GSSPはグローバルな地層の対比を行うための基準であることから,通常は示準化石(多くは海洋プランクトン化石)を豊富に含む地層,すなわち陸化した海成層が用いられる.さらに,古地磁気極性や海洋酸素同位体比もしくはそれに類似するグローバルな変動記録を保持することが望まれる.チバニアンGSSP (Suganuma et al., 2021) の審査では,地層中に松山-ブルン地磁気逆転境界がはっきりと記録されていることが必須条件であった.しかし,この時代の隆起海成層は世界でも数少なく,2004年の段階から今回の審査に至るまで,本境界のGSSP候補は千葉複合セクションおよび南部イタリアの2ヶ所の3ヶ所のみであった.これら候補地の中で,千葉複合セクションが特に優れていた点は,地磁気逆転記録の信頼性である.堆積物中の地磁気記録は,含まれる磁性粒子によって担われている.堆積物が堆積直後に獲得する初生的な磁化記録は,造岩鉱物中に最も多く含まれる磁性鉱物である磁鉄鉱(酸化鉄)が担う場合がほとんどである.ところが,多くの堆積物では含まれる有機物を分解するために間隙水中の酸素が消費され,堆積後まもなく還元環境になる.そこでは硫酸還元バクテリアの活動により酸化鉄である磁鉄鉱は溶解し,結果的に硫化鉄が生成される.このため,有機物を豊富に含む堆積物ほど,磁鉄鉱が溶解しやすく初生的な磁化記録が失われることになる.イタリアの候補地は,いずれも当時の堆積水深が100 m前後であるのに対し,千葉複合セクションの堆積水深は500 mを超える.このため堆積当時の陸からの距離はイタリア候補地の方が近く,含まれていた有機物量も千葉複合セクションと比べて多かったと考えられる.さらに千葉複合セクションの場合には,堆積物粒子の供給源の一つとして,火山岩からなる伊豆島弧が存在している.火山岩は造岩鉱物の一部として磁鉄鉱を豊富に含み,それが砕屑粒子として供給されることで,還元環境でも完全な溶解を免れるだけの磁鉄鉱粒子が堆積物に含まれていたと考えられる.これらの事柄が幸いし,千葉複合セクションにおける地磁気逆転記録が,他を圧倒する質を持つことができたといえるだろう.
新生代のGSSPは,完新世を除きすべてが主に腐泥層序を基にした地中海周辺地域に設置されてきたため,今回もイタリアなどへの設置がなかば当然視されてきた.こうした中,チバニアンGSSPが批准されたことは,地層の持つポテンシャルの高さはもとより,日本の地質学の水準の高さが世界的に認められたことを意味する.房総半島には上総層群の他にも,安房層群・千倉層群といった後期鮮新世以降の陸化海成層が広く分布している.そこでは海洋微化石・花粉化石の保存は良好であり,磁気層序・海洋同位体層序の構築が容易である.このように年代層序学に適した地層群は世界的に見ても極めて稀であり,特に鮮新世〜更新世におけるグローバルな年代層序学のさらなる発展の中心となり得る.チバニアンGSSPの批准は,このことが単なる可能性ではなく,事実として世界が認識するきっかけを作ったといえよう.
参考文献:
Head 2019, Quat. Int. 500, 32-51
McLaren 1977, IUGS Series A, No.5, pp.1–34
Suganuma et al. 2021, Episodes 44, 317-347
かつて地質年代の模式層は,その年代を最も良く表す地層岩体によって定義されていたが,1948年に開かれた第18回万国地質学会において鮮新世-更新世境界を定めるための基準地層の必要性が提唱された.これは地質年代の基準を境界模式とするGSSPの考え方が最初に提案された事例である(Head, 2019).1972年にはデボン紀の開始境界を定める地層がデボン紀の基準として批准され,これが最初のGSSPとなった(McLaren, 1977).2022年2月現在,批准されたGSSPは78を数える.
GSSPはグローバルな地層の対比を行うための基準であることから,通常は示準化石(多くは海洋プランクトン化石)を豊富に含む地層,すなわち陸化した海成層が用いられる.さらに,古地磁気極性や海洋酸素同位体比もしくはそれに類似するグローバルな変動記録を保持することが望まれる.チバニアンGSSP (Suganuma et al., 2021) の審査では,地層中に松山-ブルン地磁気逆転境界がはっきりと記録されていることが必須条件であった.しかし,この時代の隆起海成層は世界でも数少なく,2004年の段階から今回の審査に至るまで,本境界のGSSP候補は千葉複合セクションおよび南部イタリアの2ヶ所の3ヶ所のみであった.これら候補地の中で,千葉複合セクションが特に優れていた点は,地磁気逆転記録の信頼性である.堆積物中の地磁気記録は,含まれる磁性粒子によって担われている.堆積物が堆積直後に獲得する初生的な磁化記録は,造岩鉱物中に最も多く含まれる磁性鉱物である磁鉄鉱(酸化鉄)が担う場合がほとんどである.ところが,多くの堆積物では含まれる有機物を分解するために間隙水中の酸素が消費され,堆積後まもなく還元環境になる.そこでは硫酸還元バクテリアの活動により酸化鉄である磁鉄鉱は溶解し,結果的に硫化鉄が生成される.このため,有機物を豊富に含む堆積物ほど,磁鉄鉱が溶解しやすく初生的な磁化記録が失われることになる.イタリアの候補地は,いずれも当時の堆積水深が100 m前後であるのに対し,千葉複合セクションの堆積水深は500 mを超える.このため堆積当時の陸からの距離はイタリア候補地の方が近く,含まれていた有機物量も千葉複合セクションと比べて多かったと考えられる.さらに千葉複合セクションの場合には,堆積物粒子の供給源の一つとして,火山岩からなる伊豆島弧が存在している.火山岩は造岩鉱物の一部として磁鉄鉱を豊富に含み,それが砕屑粒子として供給されることで,還元環境でも完全な溶解を免れるだけの磁鉄鉱粒子が堆積物に含まれていたと考えられる.これらの事柄が幸いし,千葉複合セクションにおける地磁気逆転記録が,他を圧倒する質を持つことができたといえるだろう.
新生代のGSSPは,完新世を除きすべてが主に腐泥層序を基にした地中海周辺地域に設置されてきたため,今回もイタリアなどへの設置がなかば当然視されてきた.こうした中,チバニアンGSSPが批准されたことは,地層の持つポテンシャルの高さはもとより,日本の地質学の水準の高さが世界的に認められたことを意味する.房総半島には上総層群の他にも,安房層群・千倉層群といった後期鮮新世以降の陸化海成層が広く分布している.そこでは海洋微化石・花粉化石の保存は良好であり,磁気層序・海洋同位体層序の構築が容易である.このように年代層序学に適した地層群は世界的に見ても極めて稀であり,特に鮮新世〜更新世におけるグローバルな年代層序学のさらなる発展の中心となり得る.チバニアンGSSPの批准は,このことが単なる可能性ではなく,事実として世界が認識するきっかけを作ったといえよう.
参考文献:
Head 2019, Quat. Int. 500, 32-51
McLaren 1977, IUGS Series A, No.5, pp.1–34
Suganuma et al. 2021, Episodes 44, 317-347