日本地質学会第129年学術大会

講演情報

セッション口頭発表

T13.[トピック]都市地質学:自然と社会の融合領域

[3oral401-12] T13.[トピック]都市地質学:自然と社会の融合領域

2022年9月6日(火) 08:45 〜 11:45 口頭第4会場 (14号館401教室)

座長:中澤 努(産業技術総合研究所)、小松原 純子(産業技術総合研究所地質調査総合センター)、小荒井 衛(茨城大学理学部)

09:30 〜 09:45

[T13-O-4] 東京山の手に発達する谷底低地のS波速度構造と地盤震動特性

*中澤 努1、長 郁夫1、小松原 純子1、坂田 健太郎1 (1. 産業技術総合研究所)

キーワード:第四紀、谷底低地、地盤震動特性、東京

台地を刻む谷の谷底低地には軟らかい泥層や腐植層などが分布することが多く,地震の際に揺れを大きく増幅させたり,不同沈下を引き起こしやすいとされる(安田,2017).ただし谷底低地の軟らかい堆積物は上流部へ向け層厚を減ずることが予想され,その場合,基盤の地盤特性を反映して低地といえども堅固な特性を示すケースも考えられる.本研究では谷底低地の地盤特性が下流から上流に向けてどのように変化するかを知るために,東京山の手の武蔵野台地を開析する神田川(善福寺川)及び古川(渋谷川)沿いにおいて,谷底低地を横断する複数の測線を設定し,常時微動観測を実施した.
いずれの河川でも下流部にはS波速度が100 m/s程度の軟弱な泥層が比較的厚く分布するため,下流部の平均S波速度はかなり低い値を示した.特に泥層の層厚が10〜15 mに達する地域では,地盤震動特性を示すH/Vスペクトルのやや低周波(1.5 Hz付近)にピークがみられた.この地域は,1923年関東地震で被害が著しかった地域(武村,2003)にほぼ一致する.
一方で神田川(善福寺川)の上流部の谷底低地は,深さ30 mまでの平均S波速度(AVS30)が300〜400 m/sと高く,H/Vスペクトルには高周波にピークが認められるかあるいは高周波までフラットな特性を示した.これは,神田川(善福寺川)の上流部が「名残川」の流水により関東ローム層の母材となる風成物質が常に除去されることで形成された谷であり(久保,1988),段丘構成層である武蔵野礫層が谷底低地のごく浅部に分布するためと考えられる.この場合,周辺の台地には低地との比高とほぼ同じ厚さの軟らかい関東ローム層が分布するため,AVS30は谷底低地よりもむしろ周辺の台地でより低い値を示した.
同様に,古川(渋谷川)の中流部の谷底低地もAVS30は350 m/s前後と高く,H/Vスペクトルには高周波にピークが認められるかあるいは高周波までフラットな特性を示した.これは,河川の下刻が更新統の東京礫層の上面付近まで達したものの,谷底低地の堆積物はほとんど堆積せず,ごく浅部に東京礫層が分布するためと考えられる.周辺の台地は東京層の軟らかい泥層や関東ローム層で構成されるため,やはりAVS30は谷底低地よりもむしろ周辺の台地でより低い値を示した.
このように武蔵野台地を開析する小河川沿いでは,下流部には軟弱な泥層が比較的厚く分布するが,中・上流部では谷底の堆積物は薄いかあるいはほとんど分布しない.また河川の下刻は更新統の礫層上面で停止していることが多いため,中・上流部の谷底低地は比較的堅固な地盤からなり,むしろ関東ローム層や東京層の泥層が侵食されずに分布している周辺の台地のほうが軟らかい特性を示すことになる.つまり台地内の小河川沿いでは下流部と中・上流部で,台地地盤と低地地盤の相対的な脆弱性は逆転する.谷底低地は低地といえども地震災害リスクが必ずしも高いとは限らない.このように台地内の谷底低地においては,下流から上流にかけての谷底低地の堆積物の層厚変化と基盤となる更新統の礫層との位置関係を的確に捉えることが強震動予測・地震防災には重要と考えられる.
久保純子,1988,地理学評論Ser. A,61,25–48;武村雅之,2003,日本地震工学会論文集,3 (1),1–36;安田 進,2017,第四紀研究,56,217–225.