10:00 AM - 10:15 AM
[T10-O-5] Assessment of the Tosa-suzuri inkstone properties (Kochi, Japan) using mineral liberation analysis
Keywords:Tosa-suzuri Inkstone, Mineral Liberation Analysis, Texture, Grain-size, Mihara village
高知県西部の幡多郡三原村では,当地で採石される新生界の粘板岩を用いて,高知県指定の伝統的特産品・土佐硯が生産されている.三原村における硯生産は1966年に現在まで採石される同村西部の源谷坑で硯製作可能な粘板岩露頭が発見されたことに始まるが(三原村史編集委員会,2003),三原村に隣接する土佐清水市では,下ノ加江地区荒谷坑から採石される「荒谷石」のように,歴史的な記録に残る硯材も存在しており(白野,1886),高知県西部では硯工芸の伝統文化が長く継承されてきたことが伺える.しかし,近年は安価な外国産硯の輸入や人工材料(プラスチックなど)製硯の生産と普及など,土佐硯に限らない,日本の天然石材製硯の生産・利用減少をもたらす状況が続き,硯職人が減少してきた.更に,土佐硯は原料となる粘板岩が採掘できなくなってきており,原料の枯渇によって,伝統工芸文化の存続が岐路に立たされている.
こうした中,筆者らは三原村および土佐硯の職人組織・三原硯石加工生産組合と共同で,土佐硯の製作に利用可能な粘板岩の新規露頭探索の地質調査を進めている.この取り組みにおいて,新たな露頭で得られる粘板岩から硯の製作可否を判断するには,これまでに土佐硯製作に用いられてきた粘板岩の特徴を踏まえ,硯石として適正を判断する必要があると考えられる.そこで浦本ほか(2023)では,従来から書家や硯職人によって説明されてきた土佐硯石の特徴を,文献調査や研究用に製作した土佐硯の表面分析を踏まえて再整理し,(1) 中期始新統-前期中新統の粘板岩で,(2)鑑賞用途に重宝される「金星」と呼ばれる金属鉱物が主に黄鉄鉱から構成されること,(3)土佐硯表面の鋒鋩(ほうぼう)(墨を磨るための硯表面の微細な凹凸構造)を主に粘土鉱物が構成すること,としてまとめた.ただし,土佐硯石の源岩について,従来は書家や硯職人の評価で「硯石が緻密な組織を持つ」ことによって墨の下りの良い鋒鋩(墨を磨るための硯表面の微細な凹凸構造)を作ることができるとされているが(植村,1980),ここで言われる「緻密」がどのような組織であるか,感覚的に表現されているため,組織のスケールや構成鉱物の特徴等,依然として具体的なことが分かっていない.
今後,新規の硯材採石場の調査研究を進める基礎として,採石坑で得られた硯石の源岩そのものの特徴も把握する必要があると考えられる.そこで本研究は,過去・現在の土佐硯石の採石坑で得られた粘板岩試料について,鉱物単体分離解析(MLA)による鉱物分析と粒度分析によって,硯石の組織解析を行った.MLAは走査電子顕微鏡観察で得られる画像の解析とエネルギー分散型X線分析によるX線スペクトルの化学分析を組み合わせ,試料に含まれる鉱物の同定や重量割合の解析,鉱物粒度分析を自動で行う方法で(Sylvester, 2012),硯石の組織解析に応用できると考えられる. MLAの結果について,XRDの全岩鉱物分析や走査電子顕微鏡による個別粒子の観察・分析で得られたデータも含めて総合的に検討したところ,従来,「緻密」とされてきた土佐硯石の組織が「主に16 μm以下のミクロスケールの極細粒シルトが構成する組織」であることが判明した.さらに,土佐硯の各採石坑で得られた硯石を比較したところ,現在の採石坑の粘板岩では,過去の採石坑に比べて結晶鉱物の砂質粒子の含有割合が高いことも分かった.この結果は,硯の製作過程等において硯職人が体感している採石坑間の土佐硯石の特徴の違いを表していることも分かった.総合的な硯石評価の一助として,MLAによる分析が有用となることが分かった.
【文献】三原村史編集委員会編, 2003, 新編 三原村史,三原村教育委員会,三原,1115ページ; 白野夏雲, 1886, 地質要報,2, 234–282; Sylvester, 2012, Mineral. Assoc. Canada Short Course, 42, 1‒16; 植村, 1980, 和硯と和墨,理工学社,新宿, 291ページ; 浦本ほか,2023,地質学雑誌,印刷中.
こうした中,筆者らは三原村および土佐硯の職人組織・三原硯石加工生産組合と共同で,土佐硯の製作に利用可能な粘板岩の新規露頭探索の地質調査を進めている.この取り組みにおいて,新たな露頭で得られる粘板岩から硯の製作可否を判断するには,これまでに土佐硯製作に用いられてきた粘板岩の特徴を踏まえ,硯石として適正を判断する必要があると考えられる.そこで浦本ほか(2023)では,従来から書家や硯職人によって説明されてきた土佐硯石の特徴を,文献調査や研究用に製作した土佐硯の表面分析を踏まえて再整理し,(1) 中期始新統-前期中新統の粘板岩で,(2)鑑賞用途に重宝される「金星」と呼ばれる金属鉱物が主に黄鉄鉱から構成されること,(3)土佐硯表面の鋒鋩(ほうぼう)(墨を磨るための硯表面の微細な凹凸構造)を主に粘土鉱物が構成すること,としてまとめた.ただし,土佐硯石の源岩について,従来は書家や硯職人の評価で「硯石が緻密な組織を持つ」ことによって墨の下りの良い鋒鋩(墨を磨るための硯表面の微細な凹凸構造)を作ることができるとされているが(植村,1980),ここで言われる「緻密」がどのような組織であるか,感覚的に表現されているため,組織のスケールや構成鉱物の特徴等,依然として具体的なことが分かっていない.
今後,新規の硯材採石場の調査研究を進める基礎として,採石坑で得られた硯石の源岩そのものの特徴も把握する必要があると考えられる.そこで本研究は,過去・現在の土佐硯石の採石坑で得られた粘板岩試料について,鉱物単体分離解析(MLA)による鉱物分析と粒度分析によって,硯石の組織解析を行った.MLAは走査電子顕微鏡観察で得られる画像の解析とエネルギー分散型X線分析によるX線スペクトルの化学分析を組み合わせ,試料に含まれる鉱物の同定や重量割合の解析,鉱物粒度分析を自動で行う方法で(Sylvester, 2012),硯石の組織解析に応用できると考えられる. MLAの結果について,XRDの全岩鉱物分析や走査電子顕微鏡による個別粒子の観察・分析で得られたデータも含めて総合的に検討したところ,従来,「緻密」とされてきた土佐硯石の組織が「主に16 μm以下のミクロスケールの極細粒シルトが構成する組織」であることが判明した.さらに,土佐硯の各採石坑で得られた硯石を比較したところ,現在の採石坑の粘板岩では,過去の採石坑に比べて結晶鉱物の砂質粒子の含有割合が高いことも分かった.この結果は,硯の製作過程等において硯職人が体感している採石坑間の土佐硯石の特徴の違いを表していることも分かった.総合的な硯石評価の一助として,MLAによる分析が有用となることが分かった.
【文献】三原村史編集委員会編, 2003, 新編 三原村史,三原村教育委員会,三原,1115ページ; 白野夏雲, 1886, 地質要報,2, 234–282; Sylvester, 2012, Mineral. Assoc. Canada Short Course, 42, 1‒16; 植村, 1980, 和硯と和墨,理工学社,新宿, 291ページ; 浦本ほか,2023,地質学雑誌,印刷中.