日本地質学会第130年学術大会

講演情報

セッション口頭発表

T11[トピック]南極研究の最前線

[3oral401-12] T11[トピック]南極研究の最前線

2023年9月19日(火) 08:45 〜 12:15 口頭第4会場 (共北25:吉田南総合館北棟)

座長:足立 達朗(九州大学大学院比較社会文化研究院)、森 祐紀(高輝度光科学研究センター)、菅沼 悠介(国立極地研究所)

11:15 〜 11:45

[T11-O-10] [招待講演]海底地形に制約された完新世の東南極トッテン氷床変動

【ハイライト講演】

*板木 拓也1、菅沼 悠介2、関 宰3、⼤森 貴之4、石輪 健樹2、奥野 淳一2、中山 佳洋3、小長谷 貴志4、天野 敦子1、清家 弘治1、山本 正伸3、平野 大輔2、藤井 昌和2、鈴木 克明1、尾張 聡子5、池原 実6、阿部 彩子4、青木 茂3 (1. 産業技術総合研究所地質調査総合センター、2. 国立極地研究所、3. 北海道大学、4. 東京大学、5. 東京海洋大学、6. 高知大学)

世話人よりハイライトの紹介:近年,南極氷床の急激な融解が懸念されているが,そのメカニズムはよくわかっていない.本発表では,世界に先駆けて採取したトッテン氷河沖の海底堆積物について,各種の最新分析・解析を実施し,明らかになってきた過去の急激かつ大規模な氷床・棚氷の後退について紹介される.とくに海底地形が,急激な氷床・棚氷の後退の鍵を握っていた可能性があり,注目の発表である.※ハイライトとは

キーワード:南極、氷床融解、古海洋学

__近年、南極では外洋の温暖な深層水が棚氷の下面に入り込むことによる棚氷の融解/氷床の海への流出が懸念されている。特に巨大氷冠を有する東南極トッテン氷河の流出は、世界の海水準上昇に与える影響が大きく、その動態が注視されている。しかし、この海域は厚い海氷に覆われているために十分な観測が行われていない。第61次日本南極地域観測隊(2019-2020年)は、トッテン氷河前縁の大陸棚において南極観測船「しらせ」を用いた観測を展開し、この海域においては世界初となる海底コアの採取にも成功した。本講演では、これらの海底コアのマルチプロキシ分析(堆積相解析、微化石、10Be/9Be比、バイオマーカー等)から明らかにされつつある完新世のトッテン氷河後退プロセスについて議論する。
__計5本の海底コア(コア長:1.8〜3.9m)は、トッテン氷河前縁大陸棚の水深403〜842mでグラビティーコアラーを用いて採取された。いずれもコア上部は、生痕の認められる泥質堆積物で構成され、棚氷に覆われていない環境を示す珪藻や放散虫などの珪質微化石が多産している。一方、その下位は礫質の砂あるいは泥で特徴付けられ、時にはコア先端の鉄製ビットが固い礫層に当たって大きく変形してしまう事があった。これらは、氷河性の礫質堆積物と考えられ、棚氷下の環境で近傍には氷床の接地線が存在していたことを示唆している。棚氷下から開氷面への移行(カービングラインの通過)は、銀河宇宙線により生成された10Beと9Beの比率からも支持され、放射性炭素年代測定の結果によると、そのタイミングが大陸棚中央部付近では約11〜9千年前、氷河前縁付近では約6〜4千年前であることが示された。また、約4.5〜4千年の期間には、棚氷が一時的に前進していた可能性がある。
__最終氷期に南極周辺の大陸棚を広く覆っていた氷床は、前期〜中期完新世で急速に後退し、それと共に氷床高度が低下したことが知られている。前期完新世におけるトッテン氷床の後退は、他地域のタイミングともほぼ一致しており、最終氷期から完新世にかけての海水準上昇と棚氷下への温暖深層水移入が関連していたと考えられる。一方、中期完新世の終盤まで続いたトッテン氷床後退は、これまでの他地域からの報告と比べても最も若い記録のひとつとなっている(但し、産業革命以降を除く)。
__何故、トッテン氷床の後退が約4千年前まで続いたのかは、現段階で海底コアの解析やモデル実験のみから読み取ることは出来ない。一方、過去の氷床接地線が地形的な高まりによって制約されていたと考えられ、起伏に富んでいる現在のトッテン氷河前縁域も過去に氷床が接地していた痕跡が残されている。すなわち、中期完新世頃まで接地していた氷床が地形的制約から解放されて現在の位置にまで後退していった可能性があり、氷床後退メカニズムの解明には棚氷下への温暖深層水移入と合わせて海底地形も重要な要素として考慮する必要がある。