日本地質学会第130年学術大会

講演情報

セッション口頭発表

T10[トピック]文化地質学【EDI】

[3oral601-10] T10[トピック]文化地質学【EDI】

2023年9月19日(火) 08:45 〜 12:00 口頭第6会場 (共北37:吉田南総合館北棟)

座長:髙橋 直樹(千葉県立中央博物館)、坂本 昌弥(九州ルーテル学院大学)、大友 幸子(山形大学)

11:45 〜 12:00

[T10-O-20] 岩石に精神は宿るのか

*鈴木 寿志1 (1. 大谷大学)

キーワード:石の伝説、一元論、自然(じねん)

日本に古くから伝わる伝説や伝承の中に,岩石などの地質や自然災害に関わる話がしばしば見られる。その内容にはありえないような記述がある一方で,史実を含蓄しているとみられるものも存在する。アイヌのウポポ(歌)に伝わる火山噴火災害では,山の形状を比喩的に表現していたり(地徳,2019),与那国島の大津波伝説では場所の特定が可能で,津波の襲来方向の記述から実際に起こった災害と分析された(大橋,2023)。伝説や伝承から地質に関わる事象を分析することは,決して滑稽なことではないと言えよう。
 民俗学者の石上堅は1963年出版の『石の伝説』にて,日本全国の石に関わる伝説・伝承を収録した。その中では,石から音がしたり泣き声が聞こえたり,石が生き物のように振る舞う話がある。そこには日本古来の人と自然(しぜん)が一体であるという「自然(じねん)」の哲学が根底にあると思われる(徳永,2002)。また現代都市のように騒音もなく灯もなかった時代には,人々の感覚は自然(しぜん)との交感に優れていた可能性も指摘できる。『石の伝説』の現象は,架空のおとぎ話に過ぎないのだろうか。
 一方,あくまで生物に関わる話であるが,近年意味がないと思われてきたものに意味づけが可能になった研究がいくつか挙げられる。東京大学の鈴木俊貴によれば,シジュウカラなどの小鳥の囀りは,お互いに意思疎通する言語であることが明らかにされた(例えばSuzuki, 2014)。京都大学の高林純示の研究グループは,キャベツがただ青虫にかじられ食べられるだけでなく,青虫を捕食する昆虫を化学物質の発散によって呼び寄せているという(Shiojiri et al., 2000)。イギリスの神経科学者であるエイドリアン・オーウェンは,植物状態にある患者の脳をfMRIでスキャンすることで会話が成立したという(オーウェン,2018)。では,無生物である岩石から音が聞こえたり泣き声がするといった現象は,科学的に解明可能なのだろうか。
 放散虫研究で日本の地質学者に馴染みのあるエルンスト・ヘッケルは,単純な単細胞生物が進化してヒトに至った過程を遡れば,心や精神の進化も原生生物まで遡ることができると考えた。さらに生命を構成する物質にさえも心が宿るという,物質と精神を区別しない一元論を唱えた(例えば佐藤,2015の解説)。オーウェンが実施した脳のfMRIは,私たちの精神活動が神経細胞を流れる電流であるからこそ検出できた。岩石に流れる微弱な電流,紫外線や圧力による鉱物の物理的反応も,岩石の精神活動の一環と見ることができるのかもしれない。石から音がしたり泣き声が聞こえたりするのは,岩石の物理的精神活動なのか,岩石をも含めた自然(じねん)の中に人が存するという日本人の研ぎ澄まされた感性が,岩石の物理現象との交感を可能にしているのか。『石の伝説』に収録された話と似た伝承が,日本各地に数多くあることを考えると,岩石に精神が宿るという見方は必ずしも否定されるものではないと思われる。
文献 地徳 力(2019):地球科学,73 (1), 35–45。 石上 堅(1963):『石の伝説』,雪華社。 大橋聖和(2023):日本地球惑星科学連合2023年大会講演要旨,MZZ42-03。 オーウェン,エイドリアン(2018):『生存する意識』,みすず書房。 佐藤恵子(2015):『ヘッケルと進化の夢』,工作舎。 Shiojiri, Kaori et al. (2000): Applied Entomology and Zoology, 35 (1), 87–92. Suzuki, Toshitaka N. (2014): Animal Behaviour, 87, 59–65. 徳永道雄(2002):日本佛教學會年報,第68号,1–13。