The 71th Annual Meeting of JSFST

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Lecture by award winners

受賞講演・その他

[1S001-03] 受賞講演

Thu. Aug 29, 2024 10:10 AM - 11:20 AM Meijo Hall (1F N101)

座長:松井 利郎(九州大学大学院)、竹永 章生(日本大学)、川﨑 功博(雪印メグミルク株式会社)

10:10 AM - 10:40 AM

[1S001-03-01] Chemical analysis for effective utilization of unused food resources

*Shigenori Kumazawa1 (1. University of Shizuoka, School of Food and Nutritional Sciences)

Keywords:unutilized food resources, analytical chemistry, polyphenol, honeybee products, metabolomics

【講演者の紹介】
 熊澤 茂則(くまざわ しげのり):静岡県立大学 食品栄養科学部 食品生命科学科 教授
 略歴:1986年 名古屋大学農学部食品工業化学科卒業,1988年 名古屋大学大学院農学研究科博士前期課程修了,1988年 三菱化成株式会社総合研究所研究員,1994年 三菱化学株式会社横浜総合研究所副主任研究員,1995年 博士(農学),1997年 静岡県立大学食品栄養科学部助手,2004年 同助教授,2007年 同准教授,2010年 同教授 現在に至る.

 昨今のSDGsの広まりからも,近年,未利用農産物の有効利用に関心が高まっている.未利用資源を有効活用するためには,それらに含まれる成分や生理機能を明らかにし,科学的根拠を与えることが必要である.このような背景から,主に未利用食資源を対象に,メタボロミクスの手法も駆使することで,分析化学的側面から以下の研究を展開してきた.

1. 食品素材に含まれるポリフェノールの成分分析
 日本で消費されている果物に含まれるポリフェノール成分を網羅的に分析し,食品中のポリフェノールのデータベース作成に貢献した1).また,一般的に利用されていないワサビ(Wasabia japonica)の葉や花,アケビ(Akebia trifoliata)の皮などの未利用食素材に含まれるポリフェノール成分を明らかにし,それらの成分の抗酸化活性や抗炎症作用を評価した2, 3)

2. アントシアニン含有食品素材に関する研究
 アントシアニンを含有する食品素材を対象に,成分分析や生理機能研究を行った.その過程で,スウェーデンに多く自生する未利用ベリーであるクローベリー(crowberry: Empetrum nigrum)を見出し,含有アントシアニンの分析を実施した4).本研究成果を基に,スウェーデンではクローベリーエキスの開発が進められた.その他,沖縄や静岡の伊豆地域で採集される未利用野生種ベリー中のアントシアニン成分を分析し,それらベリー類の有効利用化に貢献した5).さらに,ブラジルのアマゾン地域で採集されるヤシの実アサイー(açai: Euterpe oleracea)に含まれるアントシアニンの体内動態挙動を解明し6),その研究結果は2010年にブラジル大使館で開かれた「第1回アサイーフォーラム」でも報告した.それまでアサイーは日本では,ほとんど知られていない食素材であったが,これを機に日本でアサイーが広く知られることになった.その他,フィリピンで食されているヤムイモの一種である紫ヤム(UBE: Dioscorea alata)に含まれる新規アシル化アントシアニンを同定するとともに,抗酸化活性や抗パーキンソン病予防効果を明らかにし,本素材の有効性を示すことができた7)

3. 蜂産品に関する化学的研究
 蜂産品(ミツバチの生産物)の中でも特にプロポリスとビーポーレン(花粉荷)について,成分分析や生理機能研究を行ってきた.プロポリスとは,ミツバチが自分の巣の周辺の植物の滲出物を集めて作った樹脂状物質である.プロポリスに関しては,ミツバチの行動解析研究を併用することで世界各地のプロポリスの起源植物(原料となっている植物)を明らかにした.例えば約20年前にブラジル産プロポリスの起源植物であるキク科植物アレクリン(Baccharis dracunculifolia)を世界で初めて発見することに成功したが8),この知見を参考にブラジルではアレクリンの群生地に巣箱を設置することで一定品質のプロポリスが安定生産できるようになり,本研究成果はブラジルを世界のプロポリス生産国へ押し上げるきっかけとなった.その後も,韓国の済州島,タイのチャンタブリー,インドネシアのスラウェシ島などのプロポリスの起源植物を解明し,様々な機能性評価を行った9).これらの研究成果はプロポリスの生産性向上や品質管理に役立てられているだけでなく,タイやインドネシアでは研究成果に基づいてプロポリスを添加した抗菌洗剤や口腔用洗浄剤などの開発が進められている.また,沖縄産プロポリスの起源植物として発見したトウダイグサ科植物オオバギ(Makaranga tanarius)は機能性エキス素材として開発され,研究成果が産業化に結び付くことにもなった10).ビーポーレンについては,メタボロミクスの手法を利用して様々な新規成分を発見し,採集地域による多様性を解明するとともに,種々の疾病予防機能を見出し,現在も研究が進行中である11)
4. 食品分野へのメタボロミクス手法の応用
 食品成分の分析に,当初よりMS(質量分析)やNMR(核磁気共鳴)を用いたメタボロミクス解析の手法を積極的に導入してきた.またメタボロミクスだけでなく,定量NMRの手法も様々な食品試料に適用して研究を進めてきた12).さらに最近では,メタボロミクスの一手法である分子ネットワーク解析法を食品成分分析に適用し,食品試料中の機能性成分を効率的に分析できる手法を確立した11).現在のところ,食品科学分野で分子ネットワーク解析法を適用した研究例はほとんど見当たらない.

おわりに
 現在でも,食素材に含まれる様々な非栄養性成分の潜在的な健康維持や疾病予防効果などの機能性が次々に明らかになっている.食品の機能性を分子レベルで明らかにするためには,分析化学的な研究が必要不可欠である.特に未利用食資源に含まれる有効成分(何らかの効能を有する生理機能成分)を解明することができれば,その後の素材開発に大いに役立つことになる.成分分析は地味な研究であるが,今後も未利用食素材を対象に食品科学工学および食品産業界に貢献できる研究を進めていきたいと思う.

参考文献
1) Kumazawa et al., Food Sci. Technol. Res., 13, 404 (2007).
2) Yoshida et al., Food Sci. Technol. Res., 21, 247 (2015). Misawa et al., Phytother. Res., 32, 1304 (2018).
3) Kurata et al., Food Sci. Technol. Res., 25, 449 (2019). Kadowaki et al., Food Sci. Technol. Res., 29, 27 (2023).
4) Ogawa et al., J. Agric. Food Chem., 56, 4457 (2008). Kubota et al., J. Food Compos. Anal., 28, 179 (2012).
5) Kubota et al., J. Berry Res., 4, 127 (2014).
6) Agawa et al., Food Sci. Technol. Res., 17, 327 (2011).
7) Moriya et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 79, 1484 (2015). Miyata et al., Food Sci. Technol. Res., 28, 329 (2022). Miyata et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 86, 916 (2022).
8) Kumazawa et al., Chem. Pharm. Bull., 51, 740 (2003).
9) Shimomura et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 76, 2135 (2012). Ishizu et al., Nat. Prod. Commun., 13, 973 (2018). Miyata et al., J. Nat. Prod., 82, 205 (2019).
10) 熊澤ら, 化学と生物, 48, 35 (2010). 熊澤ら, ミツバチ科学, 28, 1 (2010).
11) Miyata et al., J. Agric. Food Chem., 70, 1174 (2022). Watanabe et al., Phytochem. Lett., 53, 239 (2023).
12) Okumura et al., J. Food Sci., 81, 1394 (2016). 細谷ら, 分析化学, 65, 321 (2016).

謝辞
 本研究の大部分は,静岡県立大学食品栄養科学部食品生命科学科食品分析化学研究室で行われたものです.中山勉先生(現静岡県立大学客員教授)をはじめ,本研究にご協力いただきました多くの先生方,学生,企業の共同研究者の皆様に感謝します.また,学生時代にご指導いただき,研究の道へのきっかけを作っていただきました故並木満夫先生(名古屋大学名誉教授),故川岸舜朗先生(名古屋大学名誉教授),大澤俊彦先生(名古屋大学名誉教授,現愛知学院大学特任教授)に感謝申し上げます.