日本地質学会第130年学術大会

講演情報

セッションポスター発表

G. ジェネラルセッション

[1poster39-68] G. ジェネラルセッション

2023年9月17日(日) 13:30 〜 15:00 G1-1_ポスター会場 (吉田南総合館北棟1-2階)

[G-P-28] 島根県東部宍道湖における斐伊川東流イベントの年代と堆積環境の変化

*瀬戸 浩二1、香月 興太1、仲村 康秀1、辻本 彰1、安藤 卓人2、入月 俊明1、齋藤 文紀1 (1. 島根大学、2. 秋田大学)

キーワード:後期完新世、宍道湖、斐伊川東流イベント、全イオウ濃度、粒度

宍道湖は,島根県東部に位置する低塩分汽水を示す海跡湖である.湖水が低塩分汽水を示すのは,宍道湖の70%の水量に相当する河川水を注ぐ斐伊川の存在が大きく影響をしている.しかし,斐伊川は江戸時代初期までは大社湾に向いて西に流れていたとされ(徳岡ほか,1990),1635年及び1639年に起こった出雲大洪水によって東に流路を変えたとされている(高安,2001).宍道湖ではいくつかの地点でコアが採取され、堆積物に記録された古環境が解析されている.その結果、閉鎖的な汽水環境から淡水環境に移り変わったことが明らかとなり,それが斐伊川東流と考えられている.特に堆積物中の全イオウ(TS)濃度は大きく変化することから,それによって斐伊川東流の層準を容易に認めることができる(田村ほか,1996など).しかし,その年代については確度が低く,十分に立証されていると言えない.一方でそれを否定する根拠もいくつかの歴史的な記録があるものの確証とするには乏しいと言わざるを得ない.それらを明らかにするために宍道湖で新たなコア(20SJ-1Cコア)を得た.また,瀬戸ほか(2006)で議論された2002-S1コアと2003-S2コアについて1cm間隔でCNS元素の再測定を行なった.本発表では,それらを分析することによって得られた斐伊川東流イベントの年代と堆積システムの変化について検討した結果を報告する.
 20SJ-1Cコアは,宍道湖の東側,2002-S1コアと2003-S2コアのほぼ中間地点で得られた.コアリングは押し込み式ピストンコアラーを用いて行い,コア長165cmであった.岩相は,主に塊状の粘土質シルトからなる.CNS元素分析の結果,20SJ-1Cコアは,ユニット1から3に区分された.ユニット3のTS濃度は2.5%前後と高い値を示した.ユニット2は多くが0.5%以下と低い値を示している.ユニット3/2移行期の深度は122〜130cmで,その間に大きく減少する.同様な変化は,2002-S1コア(深度74〜87cm)や2003-S2コア(深度159〜166cm)でも見られ,西に向かって深くなる傾向にある.これは,高塩分汽水から低塩分汽水〜淡水に変化したことに起因しており,斐伊川東流イベントに相当する.20SJ-1Cコアでは,TS濃度減少層準付近及びその下位層準において比較的大型の植物片を採取し,4層準についてAMS14C年代測定を行なった.その結果,暦較正年代で西暦1100〜1300年代の年代値が得られた.これらの年代値は,層位に矛盾がないことから大きく年代値が異なるとは考えにくく,西暦1640年頃とされた斐伊川東流イベントの年代より400年程度古くなることになる.
 宍道湖におけるTS濃度の変化には変動シグナルが見られ,少なくとも3つのコアでは概ね一致する.この変動シグナルは,降雨による斐伊川からの淡水の流入の変化や海水準変動による大橋川からの海水流入の変化に起因し,宍道湖全体に影響を及ぼしているものと思われる.20SJ-1Cコアにおいて前述のAMS14C年代測定とCs-137法,Pb-210法による年代測定を用いてTS濃度変動シグナルの年代を求め,他コアのTS濃度変動シグナルとの対比からそれらのコアの年代を決定した.それに基づき全有機炭素(TOC)濃度や平均粒径などと対比させた。TOC濃度はどのコアも同様な変化を示したが,2003-S2コアでやや高い値を示している.TS濃度はユニット3/2移行期で急激に変化するが,TOC濃度はその200年前から緩やかに減少している.おそらく減少し始めるころから斐伊川の東流は徐々に起っており,宍道湖の水質環境に大きく影響を与えたのがユニット3/2移行期(斐伊川東流イベント)であると思われる.TS濃度の深度別の値から水質環境を復元すると,斐伊川東流イベント前は水深5〜7mに塩分躍層のある高塩分/中塩分汽水の水塊構造を示した.一方,斐伊川東流イベント後は塩分躍層の見られない淡水〜低塩分汽水を示している.平均粒径は大橋川に近い2002-S1コアがやや粗く,湖心に近い2003-S2コアはやや細かい傾向にある.20SJ-1Cコアは,斐伊川東流イベント前では2003-S2コアに近い値だったものが,斐伊川東流イベント後では,2002-S1コアに近い値に変化している.これは斐伊川東流イベントにより潮流影響型の堆積システムから塩分密度流型の堆積システムに変化したことを示唆している.
引用文献:瀬戸ほか(2006)第四紀研究,45,5,375−390.徳岡ほか(1990)地質学論集, 36,15-34.高安(2001)「汽水域の科学」:38-47.田村ほか(1996)島根大学地質学研究報告. 12, 53-66.