日本食品科学工学会第71回大会

講演情報

シンポジウム

シンポジウムC

[SC2] シンポジウムC2

2024年8月31日(土) 14:15 〜 17:00 S1会場 (2F 201)

世話人:高橋 正和(福井県立大学)、岩本 悟志(岐阜大学)

16:20 〜 16:50

[SC2-05] 細胞性食品(いわゆる「培養肉」)の社会実装を鑑みたルール形成上の課題

*吉富 愛望 アビガイル1 (1. 一般社団法人 細胞農業研究機構 )

キーワード:細胞農業、新規食品、培養肉、細胞性食品、フードテック

    【講演者の紹介】一般社団法人細胞農業研究機構 代表理事 吉富愛望(よしとみめぐみ)アビガイル 略歴:2019年より細胞農業の政策提言に関わる.農林水産省フードテック官民協議会細胞農業WT事務局長,東京大学先端科学技術研究センター客員研究員,経済産業省バイオものづくり革命推進WGの委員を兼務.以前は欧州系投資銀行のM&Aアドバイザリー部門やスタートアップ等に勤務.早稲田大学先進理工学部 2017年卒業, 東京大学理学系研究科物理学専攻 2018年中退.

    細胞性食品とは,細胞を培養して資源を生産する細胞農業技術によって出来た食品であり,いわゆる「培養肉」等が当てはまる.家畜を丸々育てるよりも直接細胞を増やして食品に利用するほうが資源効率性が高い点や,細胞医薬や再生医療の現場で培われてきた産業界の知見を食品分野へも応用できる可能性等を鑑みて,食品企業のみならずライフサイエンスや産業機器メーカー等も関心を示す分野だ.
    細胞性食品の社会実装における大きな論点は,同食品を既存法上どのように解釈し対応すべきかについて,いかに関係者間での合意形成(ルール形成)を実施するかである.この合意形成を行うにあたり,日本には多くの課題がある.細胞性食品の安全性の議論を例に課題を挙げる.まず,ルールの不透明さ等により国内の本格的な投資開発が進まないことで,開発プレイヤー(スタートアップ企業等)が少なく,その結果,ルール作りの喫緊性が社会的に伝わらないこと.ただし,技術や原料サプライヤーとしての参画を志望し,国内のルール形成を心待ちにする企業は数十社程度存在する.一方,省庁のリソース不足等により,実例がない,もしくは本格投資前の開発途中の製品をベースに,国としての対応方針を議論するには限界があること.また,開発プレイヤーが少ないもしくは開発プレイヤーが必ずしも食品安全の専門家ではないことも影響してか,細胞性食品のリスク評価や管理について,細胞培養かつ新規食品の専門家として語ることが可能なエキスパートが国内にほぼいないことも要因だ.専門家がいないなら業界内で知恵を出し合って知見を形成しようと試みても,安全性の考え方と企業秘密を切り分けることにリソースを割けない企業が多いと議論にもならないこと.サンプル入手も困難となるためアカデミアでのリスク評価にかかる研究も一苦労という状態であるなど,枚挙にいとまがない.
    弊機構では上記のような状況を打開するための一策として,細胞性食品の安全性に対する国内産学界としての理解を見解書としてまとめるプロジェクトを推進している.本プロジェクトでは「安全性に関する国際動向」として,海外の主要当局等による公開資料のほか,日本市場での販売を目指す国内外の企業に対して実施したヒアリング結果を踏まえて「安全性評価項目」「製造工程と使用原料」「ハザード分析,リスク評価,リスク管理にかかる施策」を整理する.また整理した国際的な安全性施策が日本国内の既存法や既存産業(一般的な食品や細胞医薬・再生医療等)のプラクティスに類似した適切なものであるかどうかを評価し,国内における適切な施策についての提案を整理する.本プロジェクトでは,食や細胞培養など様々な分野におけるコンサルタントを起用するほか,各ハザードへの対応策について,国内外のアカデミアからの適切な意見を収集する予定である.
    上記のプロジェクトを通じて,細胞性食品の安全性にかかる「共通知見」を形成し,専門家が育つ素地とすることや,各企業が当局と効率的にやり取りを行ううえでの情報の交通整備に役立てる.また,安全性や品質保証の考え方については,投資規模が大きく,日本と比較して生産実績や品質管理体制構築が進み,かつ日本企業とすでに連携している海外企業の知見も賢く取り入れることで,国内の投資・事例不足を補うことを目指す.