日本畜産学会第128回大会

講演情報

個人企画シンポジウム

初期栄養とエピジェネティクス機構を活用した新しい動物生産

2021年3月30日(火) 13:00 〜 15:00 ライブ配信

座長:後藤 貴文(鹿大農)、室谷 進(農業・食品産業技術総合研究機構 畜産研究部門 畜産物研究領域)

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パスコード:330576

[PPS-02] 家畜生産のための受精卵のエピジェネティックリソースを探る

〇池田 俊太郎1 (1.京大院農)

個体発生の初期の環境が、生涯を通じて長期に渡って個体の成長の軌跡、健康および疾病に影響を及ぼす現象が知られており、その一因として発生初期に刻印されたエピジェネティック修飾の維持伝達(エピゲノム記憶)があげられる。個体の初期発生の中でも最も早い段階である受精卵期は、将来の全ての組織の起源となる少数の細胞群を形成する時期であること、DNAのメチル化やヒストン修飾等のエピゲノムの再構成がダイナミックに起こる時期であることから、エピゲノム記憶の形成される重要な時期の一つと考えられている。

 代表的なエピジェネティック修飾の一つにヒストンのメチル化があるが、2016年にマウスの受精卵における主要なヒストン修飾の全ゲノム解析が報告されるのに前後して、我々も家畜ウシの受精卵についての解析を開始した。これまでに、胚盤胞期のウシ体外受精卵について転写促進マーカーであるヒストンH3の4番目のリジンのトリメチル化(H3K4me3)のゲノム全体に渡る修飾を報告し(bioRxiv 2020)、また転写抑制マーカーである同じく27番目のリジンのトリメチル化(H3K27me3)についても概要を明らかにしている。我々は、「エピゲノム記憶」が起こるゲノム領域の必要条件は「受精卵と分化後の組織で共通のエピジェネティック修飾が見られる領域である」という単純な発想から、得られた受精卵のヒストン修飾情報と公共のデータベース上の海外のウシ体組織(肝臓・筋肉等)の同修飾情報を使って(今後、国内家畜遺伝資源のエピゲノム解析を進めていきたいと考えている)、現在そのような共通な修飾を持つ領域の同定を行っている。

 全ゲノム解析は興味のある任意の遺伝子についての情報を得ることを可能にするため、例えば産肉形質関連遺伝子群やインプリント遺伝子群といった家畜生産に密接に関連する遺伝子群に着目した解析を行うこともできる。受精卵と体組織のヒストン修飾情報との比較解析で分かってきたこととして以下があげられる。①H3K4me3について、まだ分化途上にある受精卵の修飾情報は、分化組織特異的なヒストン修飾を浮き彫りにするための良い対照になり、一方で受精卵と体組織で共通する修飾について、それらの個体差を反映している修飾を抽出可能である。②H3K27me3について、形態形成に関わる遺伝子群やインプリント遺伝子クラスターに受精卵と体組織に共通の修飾が見られる。それらの多くが受精卵期のDNAのメチル化状態と相関する。

 我々はこのような受精卵と体組織との間の共通のエピジェネティック修飾の中に、環境要因あるいは発生工学的手法による介入によって、エピゲノム記憶を通じて家畜の健康・疾病・生産形質の制御につながる、言わば受精卵が内包するエピジェネティックな資源(EMbryonic Epigenetic Resource:EMER)があるのではないかと考えている。本シンポジウムで紹介する家畜受精卵のエピゲノムマップの作製が可能になり、EMER探索の旅のスタート地点に立った気でいる。

略歴:2003年京都大学大学院農学研究科博士課程修了、日本学術振興会特別研究員、スペイン国SERIDA研究員、財団法人わかやま産業振興財団プロジェクト研究員を経て、2006年京都大学大学院農学研究科助手、2007年同助教、2019年同准教授