日本地質学会第130年学術大会

講演情報

セッション口頭発表

T5[トピック]テクトニクス

[3oral112-19] T5[トピック]テクトニクス

2023年9月19日(火) 15:00 〜 17:00 口頭第1会場 (4共11:吉田南4号館)

座長:中嶋 徹(日本原子力研究開発機構東濃地科学センター)、高下 裕章(産業技術総合研究所)

15:45 〜 16:00

[T5-O-10] ネパールヒマラヤ、アンナプルナ山塊のカタストロフィクな巨大山体崩壊とそれに伴うポカラ盆地の埋積

*酒井 治孝1 (1. 京都大学)

キーワード:ヒマラヤ、アンアプルナ、山体崩壊、岩屑雪崩堆積物、土石流堆積物、ポカラ盆地、河成段丘

ヒマラヤ山脈はモンスーンの降雨と氷河により激しい侵食に曝されているが、さらに地震や氷河湖の決壊洪水(以下GLOF)等により大規模に削剥されている。最近の温暖化に伴い、高ヒマラヤ地域に分布する氷河湖が決壊した例が各地から報告されるようになり、アンナプルナ山麓のポカラの段丘もGLOFによって形成されたという報告が相次いでいる(Stolle et al.,2017; Fischer et al., 2022他)。筆者はアンナプルナIII峰(7555m)からポカラに流れ下っているセティ川の前人未到の源流域から、河川に沿って約60kmの地域を踏査する機会を得た。その結果、約1.5万年前にアンナプルナIII峰の東方稜線が大規模に山体崩壊し、その岩屑雪崩堆積物が源流部と上流部に厚く堆積しているのを発見した。また下流部では岩屑と水が混合し土石流となって、河成段丘を形成していることを見出した。本講演では、源流部からポカラまでを5つの地域に分け、地形と堆積物の特徴を報告し、崩壊堆積物の総量を推定し、崩壊の原因と崩壊前に存在したヒマラヤの高峰について議論する。
1. セティ川源流域(テチス堆積帯)
7500m級のアンナプルナIII〜IV峰の南斜面は4700mまで急崖を成す。その南の楕円形の谷は3200mまで厚さ平均600mの山体崩壊堆積物によって埋積されている。堆積物はテチス起源の石灰岩や砂岩およびそれに貫入した花崗岩のカタクラサイトと角礫から構成されており、無数の針山〜尖塔状の地形をなす。
2. 上流V字谷地域(テチス堆積帯と高ヒマラヤ変成岩帯)
高ヒマラヤ変成岩帯は深いV字谷で削られ、流路には断続的に山体崩壊堆積物からなる比高250〜150mの小山が残されている。山体崩壊堆積物は岩屑雪崩によって運搬・堆積したものと考えられる。
3. 河成段丘地域 (レッサーヒマラヤ帯)
MCT(Main Central Thrust)より南のレッサーヒマラヤ帯では、川幅が広がり2段の段丘が形成されている。高位段丘を作るGhachok層は、厚さ〜100mの崩壊堆積物とそれが摩耗した礫からなる。最上部には最大7mに達するテチス堆積物の巨礫が密集しており、土石流によって堆積したものと考えられる。
4. ポカラ西方のLovely hill 地域
ポカラ盆地西縁の丘陵は、厚さ30mに達するテチス帯起源の角礫からなる山体崩壊堆積物によって覆われている。
5. ポカラ盆地とその地下
ポカラ盆地西部の表層と地下には厚さ最大120mのGhachok層が分布している(ボーリングデータによる)。下部は段丘堆積物と同様な岩相を示すが、上部は円磨されたテチス帯起源の礫と細粒の角礫・岩粉からなる基質から構成されている。
6. 考察:崩壊イベントの発生時期、原因、堆積プロセス、総体積
崩壊イベントの発生時期については、Ghachok層の基底部と堰き止め湖基底部の堆積物の14C年代測定に基づき1.4〜1.5万年前と推定される。また山体崩壊地域にはNNE-SSW方向のリニアメントが多数分布し、その中の1本は正断層成分を持つ活断層の可能性があり、標高5000〜4600mの地域を1.5km以上に亘って続いている。またアンアプルナ地域の東方では2015年にMCTの地下延長部を震源としたM=7.8の地震が発生している。このような地震あるいは活断層の活動が山体崩壊を引き起こした原因と推定される。セティ河源流域からポカラ盆地の地下に至る山体崩壊堆積物の総量を試算したところ、24.7km3推定された。従って崩壊前には、7500〜8000m級のヒマラヤが存在した可能性がある。
参考文献 
Stolle et al.,2017, Quat. Sci. Rev., 177, 88-103.
Fischer et al., 2022, Earth Surf. Process Landforms 2023,1-17.