10:45 〜 11:00
[T6-O-26] (エントリー)有機・無機地球化学分析による869年貞観津波の浸水域復元
キーワード:津波堆積物、貞観津波、XRF、バイオマーカー、浸水域、福島県南相馬市
・はじめに
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震津波(以下,東北沖津波)は,日本海溝沿いの沿岸域に甚大な被害をもたらした.東北沖津波のような大規模自然災害は低頻度(百〜千年スケール)で発生するため,将来発生する巨大津波のリスク評価には機器観測記録だけでは不十分である.そこで,地質学的痕跡の“津波堆積物”から過去数千年以上の長期的な津波の履歴や規模の推定を行う必要がある.
津波堆積物の分布や層厚などの情報は,津波規模を拘束し,津波波源を推定する上で重要である(例えばSugawara et al., 2014).しかし,浸水限界付近では視認可能な砂質津波堆積物が存在しにくいため(Abe et al., 2012),古津波の浸水域を正確に明らかにすることは容易ではない.そこで本研究では,砂質津波堆積物の分布限界より内陸で海水流入の痕跡を検出するべく地球化学的手法に着目した.東北沖津波など現世の津波の研究では,浸水域内から高濃度の海水成分や海洋生物起源の有機化合物の検出が報告されている(Chagué-Goff et al. 2017; Shinozaki, 2021).本研究では,これらのマーカーを用いることで正確な浸水域が復元可能か,西暦869年に発生した貞観津波をケーススタディとして検証を行った.
・869年貞観津波
本研究の対象は,西暦869年に日本海溝沿いの地域で発生したとされる貞観津波である.東北沖津波発生以前から,石巻平野や仙台平野では貞観津波による堆積物の存在が知られ(箕浦,1990),津波堆積物の分布を説明しうる津波波源が求められていた(佐竹ほか,2008).東北沖津波発生以降,貞観津波に関する調査や研究が複数報告され(例えば,高田ほか,2016),貞観津波の新たな知見が得られている.これまでに,地質学的,考古学的調査,数値計算など様々な観点から精力的に研究が進められてきた貞観津波を対象にすることで,十分な知見に基づき化学分析データを解釈できると考えられる.
・研究対象地域と試料,分析
本研究で対象とする福島県南相馬市小高区では,Sawai et al. (2012)によって貞観津波によると考えられる砂質津波堆積物が確認されている.東北沖津波の浸水範囲を参考にし,2014年に海岸線に直交する測線上の内陸2〜3 kmの範囲内で計6本の柱状試料を採取した.試料は各分析を行うまで冷凍で保存した.本研究では,これらの試料のCT撮影を行った後,放射性炭素年代測定・テフラ分析による年代決定,蛍光X線分析(XRF)・バイオマーカー分析による古環境復元と津波流入の痕跡の検出を試みた.
・結果
柱状試料の採取地点は,内陸側から海側に向かってODA–3,ODA–4,ODA–5,ODA–6,ODA–7,ODA–8と名づけた.最も海側のODA–8では深度70〜95 cmにかけてまばらにテフラが存在し,その直下に砂の薄層が確認された.砂の薄層下位から得られた較正年代がAD772–891(2σ)であったことから,この砂層は貞観津波堆積物の可能性が高いと考えられる.最も内陸側のODA–3では深度40–42 cmの間で貞観津波に相当する年代より若い年代値が得られ,67–69 cmの間で貞観津波に相当する年代より古い年代値が得られたことから,42〜67 cmの間に貞観津波の年代に相当する層準があると考えられるが,その層準内で肉眼・CT画像での観察からイベント層を認識することが出来なかった.また,ODA–3とODA–8の間にあるODA–5において,貞観津波より古い年代値が得られたが,その上位でイベント層を視認することが出来なかった.以上より,砂質津波堆積物の分布限界より内陸での試料採取に成功していると考えられる.本発表では,貞観津波に該当する層準のXRFおよびバイオマーカー分析の結果を報告し,砂質堆積物の分布によらず貞観津波の浸水域を復元することで,地球化学的手法による高精度津波浸水域推定法の確立を目指す.
・引用文献
Abe, T. et al., 2012, Sediment. Geol., 282, 142–150.
Chagué-Goff, C., et al., 2017, Earth Sci. Rev., 165, 203–244.
箕浦幸治, 1990, 歴史地震. 6, 61–76.
佐竹健治ほか,2008, 活断層・古地震研究報告, 8, 71–89.
Sawai, Y., et al., 2012, Geophys. Res. Lett., 39, L21309.
Shinozaki, T., 2021, Geosci. Lett., 8:6.
Sugawara, D., et al., 2014, Mar. Geol., 358, 18–37.
高田圭太ほか,2016, 活断層・古地震研究報告, 16, 1–52.
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震津波(以下,東北沖津波)は,日本海溝沿いの沿岸域に甚大な被害をもたらした.東北沖津波のような大規模自然災害は低頻度(百〜千年スケール)で発生するため,将来発生する巨大津波のリスク評価には機器観測記録だけでは不十分である.そこで,地質学的痕跡の“津波堆積物”から過去数千年以上の長期的な津波の履歴や規模の推定を行う必要がある.
津波堆積物の分布や層厚などの情報は,津波規模を拘束し,津波波源を推定する上で重要である(例えばSugawara et al., 2014).しかし,浸水限界付近では視認可能な砂質津波堆積物が存在しにくいため(Abe et al., 2012),古津波の浸水域を正確に明らかにすることは容易ではない.そこで本研究では,砂質津波堆積物の分布限界より内陸で海水流入の痕跡を検出するべく地球化学的手法に着目した.東北沖津波など現世の津波の研究では,浸水域内から高濃度の海水成分や海洋生物起源の有機化合物の検出が報告されている(Chagué-Goff et al. 2017; Shinozaki, 2021).本研究では,これらのマーカーを用いることで正確な浸水域が復元可能か,西暦869年に発生した貞観津波をケーススタディとして検証を行った.
・869年貞観津波
本研究の対象は,西暦869年に日本海溝沿いの地域で発生したとされる貞観津波である.東北沖津波発生以前から,石巻平野や仙台平野では貞観津波による堆積物の存在が知られ(箕浦,1990),津波堆積物の分布を説明しうる津波波源が求められていた(佐竹ほか,2008).東北沖津波発生以降,貞観津波に関する調査や研究が複数報告され(例えば,高田ほか,2016),貞観津波の新たな知見が得られている.これまでに,地質学的,考古学的調査,数値計算など様々な観点から精力的に研究が進められてきた貞観津波を対象にすることで,十分な知見に基づき化学分析データを解釈できると考えられる.
・研究対象地域と試料,分析
本研究で対象とする福島県南相馬市小高区では,Sawai et al. (2012)によって貞観津波によると考えられる砂質津波堆積物が確認されている.東北沖津波の浸水範囲を参考にし,2014年に海岸線に直交する測線上の内陸2〜3 kmの範囲内で計6本の柱状試料を採取した.試料は各分析を行うまで冷凍で保存した.本研究では,これらの試料のCT撮影を行った後,放射性炭素年代測定・テフラ分析による年代決定,蛍光X線分析(XRF)・バイオマーカー分析による古環境復元と津波流入の痕跡の検出を試みた.
・結果
柱状試料の採取地点は,内陸側から海側に向かってODA–3,ODA–4,ODA–5,ODA–6,ODA–7,ODA–8と名づけた.最も海側のODA–8では深度70〜95 cmにかけてまばらにテフラが存在し,その直下に砂の薄層が確認された.砂の薄層下位から得られた較正年代がAD772–891(2σ)であったことから,この砂層は貞観津波堆積物の可能性が高いと考えられる.最も内陸側のODA–3では深度40–42 cmの間で貞観津波に相当する年代より若い年代値が得られ,67–69 cmの間で貞観津波に相当する年代より古い年代値が得られたことから,42〜67 cmの間に貞観津波の年代に相当する層準があると考えられるが,その層準内で肉眼・CT画像での観察からイベント層を認識することが出来なかった.また,ODA–3とODA–8の間にあるODA–5において,貞観津波より古い年代値が得られたが,その上位でイベント層を視認することが出来なかった.以上より,砂質津波堆積物の分布限界より内陸での試料採取に成功していると考えられる.本発表では,貞観津波に該当する層準のXRFおよびバイオマーカー分析の結果を報告し,砂質堆積物の分布によらず貞観津波の浸水域を復元することで,地球化学的手法による高精度津波浸水域推定法の確立を目指す.
・引用文献
Abe, T. et al., 2012, Sediment. Geol., 282, 142–150.
Chagué-Goff, C., et al., 2017, Earth Sci. Rev., 165, 203–244.
箕浦幸治, 1990, 歴史地震. 6, 61–76.
佐竹健治ほか,2008, 活断層・古地震研究報告, 8, 71–89.
Sawai, Y., et al., 2012, Geophys. Res. Lett., 39, L21309.
Shinozaki, T., 2021, Geosci. Lett., 8:6.
Sugawara, D., et al., 2014, Mar. Geol., 358, 18–37.
高田圭太ほか,2016, 活断層・古地震研究報告, 16, 1–52.