日本畜産学会第128回大会

講演情報

個人企画シンポジウム

初期栄養とエピジェネティクス機構を活用した新しい動物生産

2021年3月30日(火) 13:00 〜 15:00 ライブ配信

座長:後藤 貴文(鹿大農)、室谷 進(農業・食品産業技術総合研究機構 畜産研究部門 畜産物研究領域)

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パスコード:330576

[PPS-01] ニワトリの初期栄養状態と代謝インプリンティング

〇井尻 大地1 (1.鹿大農)

我が国の鶏肉消費量の増加に伴い, ヒナの餌付け羽数は, 1975年の465,942千羽から2016年の701,167千羽へと増加している. 一方, ブロイラーヒナを生産する孵化場の戸数は年々減少しており, 1975年の188戸から2010年には92戸となっている. 孵化場数が減少し, 集約化が進むと, 孵化場から生産農場までのヒナの輸送時間が増加する可能性が考えられる. しかしながら, 孵化直後のヒナは, 腹腔内に残存した卵黄嚢由来の栄養素を生命の維持に必要なエネルギーとして利用できるため, 一般的に孵化場から生産農場での輸送期間中の飼料給与は必須とされていない.
 近年では, 早期の飼料摂取が重要視されており, 孵化後のヒナに対する飼料給与の開始時期と成長速度との関連が明らかにされつつある. 一方, 孵化後の飼料給与の開始時期と「鶏肉の品質」との関連を検証した事例は少ない. そこで我々は, 飼料給与の開始時期の違いが鶏肉品質に及ぼす影響とその機序について調べた.
1) 飼料給与の開始時期の違いが鶏肉品質に及ぼす影響
チャンキー系ブロイラー新生ヒナ(0日齢)を対照区と遅延区の2区に分けた. 対照区には0日齢から飼料給与を開始し, 遅延区には2日齢から飼料給与を開始し, 両区ともに平均体重が2.2kgに達した時点で屠畜・解体した. 遅延区は,対照区と比較して, 出荷体重に達するまでの飼養期間が長くなり, 1羽あたりの飼料摂取量も多くなることが明らかとなった. 中抜きII型重量, ムネ重量, ササミ重量, モモ重量, 手羽重量, およびその他の組織重量(腹腔内脂肪組織, 心臓, 肝臓)には, 両区間に差が認められなかった. 一方, 遅延区の浅胸筋では, 抗酸化酵素の遺伝子発現量の低下, 脂質過酸化物量の増加, ドリップロスの増加, ならびに味覚特性の変化(旨味の低下)が起こることが明らかとなった. これらの結果より, 飼料給与を孵化後2日齢から開始した遅延区では, 骨格筋の抗酸化酵素の発現量減少により, 骨格筋細胞内で発生する活性酸素種の除去能力が低下し, その結果として, 脂質過酸化物量の増加やドリップロスの増加などの鶏肉品質の低下が起きたと考えられる.
2) 飼料給与の開始時期の遅れが鶏肉品質を低下させる機序
 飼料給与の開始時期の遅れが浅胸筋の抗酸化酵素の遺伝子発現量を低下させる理由を明らかにするため, 浅胸筋における抗酸化酵素の遺伝子発現量を経時的に調べた. 同じ日に孵化した新生ヒナを2区に分け, 0日齢(対照区)または2日齢(遅延区)から飼料給与を開始し, 両区ともに0, 2, 4, ならびに13日齢時で屠畜・解体した. 対照区のヒナの浅胸筋では, 0日齢から2日齢までの飼料給与による抗酸化酵素の遺伝子発現量の増加が認められた. 一方, 遅延区のヒナの浅胸筋では, 2日齢から4日齢まで飼料給与しても抗酸化酵素の遺伝子発現量に変化が認められなかった。加えて, 遅延区における抗酸化酵素の遺伝子発現量は, 対照区と比較して, 孵化後13日齢まで低く維持されることが明らかとなった. これらの結果より, 孵化後2日間の絶食は, 浅胸筋の抗酸化酵素の遺伝子発現量をエピジェネティック制御により抑制する可能性が示唆された.
 以上の結果より, 飼料給与の開始時期の遅れは, 骨格筋における抗酸化酵素の遺伝子発現量を抑制し, 出荷時の鶏肉品質の低下(脂質過酸化物量の増加やドリップロスの増加)を引き起こすことが明らかとなった. 現在は, 飼料給与の開始時期の遅れがヒナ生体内のメタボロームに及ぼす影響ならびに抗酸化酵素の遺伝子発現を抑制する分子機構の解明を行っている.