日本食品科学工学会第71回大会

講演情報

シンポジウム

シンポジウムC

[SC1] シンポジウムC1

2024年8月31日(土) 14:15 〜 17:00 S4会場 (3F N301)

世話人:矢部 富雄(岐阜大学)

14:45 〜 15:10

[SC1-02] ペクチンによる腸管炎症の制御

*北口 公司1 (1. 岐阜大学応用生物科学部)

キーワード:炎症、マクロファージ、食物繊維、腸管

    北口公司(きたぐちこうじ):岐阜大学応用生物科学部 准教授
    略歴:2008年3月 名古屋大学大学院生命農学研究科博士課程(後期課程)修了,博士(農学).2008年4月 国立長寿医療センター研究所 流動研究員,同年10月 長寿科学振興財団 リサーチレジデント. 2009年4月 東北大学加齢医学研究所 特任助教を経て,2013年4月 岐阜大学応用生物科学部 助教(兼任・2019年9月− 2020年3月 オランダ王国フローニンゲン大学 客員研究員),2021年4月より現職.

    ペクチンは,陸生植物の細胞壁を構成する主要な分子の一つであり,D-ガラクツロン酸がα-1,4 結合した重合体にD-アラビノースやD-ガラクトースなどの中性糖からなる側鎖が付加した複合多糖類である.ゲル化剤や安定剤として食品産業で広く利用されており,野菜や果実を食することでも細胞壁に含まれる天然のペクチンを我々は日常的に摂取している.ペクチンを摂取すると,消化酵素による分解を受けずに腸管を通過する際に,その化学構造に依存したシグナルを生体に導入することで様々な生理機能を調節していることが示唆されている.さらにペクチンが大腸に到達すると,腸内細菌によって完全に資化され,生体調節機能を有した二次代謝産物が産生される.我々は,従来のプレバイオティクス作用とは異なる観点からペクチンの生体調節機能を生化学・免疫学的に調査し,腸管の炎症制御に関して以下の知見を報告してきた.
    1. 小腸パイエル板の炎症制御
    ペクチンを経口投与したマウスにリポ多糖を腹腔投与することで全身性の炎症を惹起すると,小腸のパイエル板のCD11c陽性細胞特異的に炎症性サイトカイン発現が低下した.さらにペクチンは,催炎症性トル様受容体シグナルを側鎖依存的に抑制することが判明した.
    2. 大腸炎の抑制
    ペクチンは由来植物種により構造が異なることが知られており,オレンジペクチンには,シトラスペクチンよりも側鎖が多く含まれていることが報告されている.シトラス由来ペクチンもしくはオレンジ由来ペクチンを含有する飼料をマウスに給餌し,大腸炎を誘導し,その症状を比較したところ,側鎖含量の高いオレンジペクチンを給餌したマウスでは大腸炎の症状が緩和したが,側鎖含量の低いシトラスペクチン給餌では大腸炎抑制作用は見られなかった.大腸の炎症性サイトカイン発現が側鎖含量に依存して低下しており,マクロファージなどの骨髄球系貪食細胞の機能をペクチン側鎖が制御している可能性が示唆された.
    3. 病原性大腸菌の感染予防
    病原性大腸菌の齧歯類における感染モデル細菌,Citrobacter rodentiumに対するペクチンの感染保護効果をin vitroの実験で確認した.C.rodentiumにペクチンが優先的に結合することで細菌の増殖を抑制している可能性が示唆された.また,この増殖抑制効果の発現には,ポリガラクツロン酸と側鎖の両方が必要不可欠であった.
    ペクチンは,他の食品成分や有機化合物と物理化学的に相互作用することや,腸内細菌叢へのプレバイオティクス作用を介して保健効果を発揮すると考えられてきた.これら従来のペクチンの生体調節作用に加えて,ペクチンが腸管を構成する細胞・分子・細菌へ直接的に作用し,生理活性を発揮している経路も明らかになりつつある.今後の詳細な作用機序の解明が期待される.